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 結局警察に校長や取引先の男を突き出してしまったが、それ以外に方法がなかったのは本当だ。中学生三人では、何が起きるか解らない。展望広場に来た時点で、警察に電話をしておいたのだ。これで今年から、この学校の推薦はどうなってしまうのだろうかと思うが、そんなことは知ったことではない。少なくとも自分達は配慮される、と思う。
 なんせ、感謝状を貰うくらいのことをしたのだから。
 ……それだけの問題児だと、勘違いされなければの話だが。






「ったく、どうして話してなかったのよ、元陸上部員!」
 それから一週間後、木曜日。
 なんとか事件のほとぼりも冷めてきて、ようやく学校付近から報道者の姿が見えなくなってきた。三人はマイクを突き付けられたりクラスメイトや教師から色々言われたりだったが、今もこうして美術部は活動を続けていた。
 大量の札束を投げ捨てた場所が只の土手だった為に、あれらの金はばらまいた百万円を除いて全て回収され、ひとまず一件落着、という次第である。
「話すこともないだろうと思ってたんだ。何度も表彰台上がったから、知ってると思ってたけど」
「あたし縁のない人、あんまり覚えねえもん。二年になって初めて雷筌と話したでしょ」
「そりゃそうだなー。俺は雷筌の名前覚えてたけどさ」
「でもさ、どうして美術部に来たの? あんなに足速いんだから、続ければ良いのに」
 心底不思議そうに路樹は首を傾げる。雷筌は少し考えてから、
「小学校の頃、骨折したんだ。走るの好きで、骨折して走れなくなって、それが凄く悔しかった。中学入っても走りたくて陸上部入って……だけどなんか違ったんだよなあ。オレが想像してたのと、なんか違うんだよなあ」
「違う?」
「そ、違う。それで解ったんだ。オレは、走りたいんだって」
 留亜はそれを聴いて、にっと笑った。ああそうか、と。しかしその言葉の意味が解らない路樹は首を傾げる。
「走りたいんだったら、陸上部じゃん」
「あそこは、『走らなきゃいけない』だろ? オレはオレの意志で走ることを決める。あんな毎回決められたとこ走っても飽きるだけだろ。オレの走るって、そういう走るなんだ。何でも良いから走りたいって……そういう好きとは、ちょっと違うみたいだ」
 言った雷筌は何故だかとても誇らしげだった。そう、雷筌は教師から見れば二人と比べて可愛いもんだ。対して自分達に逆らいもしない、寧ろ教師達は雷筌が二人に振り回されていると思っている、けれど違う。
 振り回されながら、二人を導いていた。
 札をばらまいたあの時の面白そうな垢抜けた顔。
 きっと、そんな雷筌を見たら、教師達は驚くだろう。
「……羽を描こうか」
 ぽつりと路樹が言った。留亜と雷筌が路樹を見つめた。
「空から羽を降らせようよ。雪みたいに、札束みたいにさあ」
 康佳の前で手を合わせたあの日降った雪のように。
 ひらひらと宙を幾つも舞ったあの札束のように。
 突き抜ける青い空から、白い白い羽を幾つも降らせる。
 そんな、絵を。
「随分メルヘンチックじゃん、五十嵐」
「うっさい」
「あはは、でも面白そうじゃん。描ける描けないは置いといて。やってみる価値はあるって、もう時間もないし。で、路樹、資料とか画材は?」
 路樹はきょとんと目を丸くして、ううんと唸り、そして立ち上がった。
「留亜、雷筌」
「?」
「取り敢えず走るぞ! 外周いっしゅーう!」
「か、関係ねーっ!」
 雷筌が叫ぶが、路樹は既に美術室から出て行ってしまった。
「ま、久々にランニングまがいも良いか。今日は保留ってことで」
「ほーらっ! 二人とも早くする! 部長命令ー!」
 扉の所で声を張り上げる路樹を見て、雷筌が首を傾げ留亜に耳打ちした。
「……………………留亜。部長って誰が決めた?」
「ジャンケン。副部長兼会計お前、書記俺。出会い頭に決めたろ」
「ああ、言われてみれば……そうだった気が」
 しかしそれと、一つ疑問が。
「……会計? おい、オレ会計なんて一言も聴いてないぞ。普通お前に回るんじゃ」
「何言ってんですか雷筌君よ、数学がまるで駄目な俺に会計をさせるんで?」
 留亜も立ち上がり歩き出し、そして雷筌の方を見てにかっと歯をむき出して笑った。
「ま、そういう話は後々! 部長命令は利かないとな〜。あんまり待たせると、肉まん強制的に奢らされちまう」
「ついでにおでんのたまごだけ、とかな。五十嵐、たまご好きだし」
 うんうん頷き雷筌もそれに続く。そして留亜が振り返って、問うた。
「『走りたい』?」
 目を見開く。ゆるゆると口の端をあげる。そして立ち上がって、留亜の肩を拳で叩いた。
「まあな」
 それを見ていた路樹が、何だ二人だけ仲良さそうに、と口を尖らせたから、二人は勢い良くその肩を片方ずつ拳で叩いた。




 その後三人は果たして絵を完成させることが出来たのか。
 受験はどうなったのか。
 その他諸々はどうなったのか。
 まあ、そんな話は今を生きる三人にとっては必要ないだろう。
 だから三人の話はこれで終わり。
 あとは、未来の扉の向こう側。