マフラーをぐるぐる巻きにして、帽子を被って、耳あてをして、手袋をして。防寒グッズを全て使って、エステルは傘を開いた。ぱさぱさと軽い音が傘の上に響く。


「結構降ってるなー……こりゃ朝にはもうちょい積もってるな」


 透明なビニール傘がみるみる白くなっていくのを見上げ、ユーリが白い息を吐き出した。少し傘を揺すってみると、傘から落ちた雪がばさばさ道に落ちていく。車道はまだ車が走っているからそこまで積もっていないが、歩道は完全に真っ白。このままの勢いで降れば、数時間で車道も真っ白だろう。事故が起きなければ良いけれど。


「これだけ積もっていれば、雪だるま作れそうですね」
「公園の雪だるま一番乗りか。そりゃ良い」
「スコップとかバケツとか持ってきたほうが良かったでしょうか」
「……そこまで大掛かりなもんは出来ねえだろ」


 ほどなくして公園に到着。大通りから少し入ったところにあるからか、足跡は殆どない。


「お、良い感じに積もってるな」
「はい! 明かりが消えないうちに遊んじゃいましょう!」


 九時になったら、公園の明かりは消えてしまう。通りの明かりは消えないが、遠すぎる。あと三十分くらいの間で、遊ぶだけ遊ばなければ。


「で、何からやるんだ?」
「まずは雪だるまを作りましょう!」


 言うなりエステルはその場にしゃがんで、足元の雪を集めて小さな塊を作った。中腰のまま塊を転がして、徐々に大きくさせていく。こうなるとエステルは集中しきってしまうので、声をかけても耳に入らなくなってしまう。仕方ないので、ユーリも手袋をして塊を作ることにした。
 暫く二人で黙々を雪を転がすこと数分。帽子の上に乗っかる雪を手で払い、こんなもんか、とユーリは身体を起こした。


「おーい、エステル。あんまりでかくしてもくっつけられないぞー」
「…………え? ……あ、はい」


 少し大きな声で呼びかけたが、返事が返ってくるまで少し間があった。よっぽど塊を作るのが楽しかったようで、ユーリの作った塊を自分の塊を見比べて、少し残念そうに手を止めた。これ以上大きくしても、くっつけることは出来ないだろう。


「楽しいか? 雪遊び」
「はい! 今しか出来ませんもの。寒いけど、気にならないくらい楽しいです」


 帽子から見え隠れする耳は寒さで真っ赤だが、エステルは恐らく気付いていない。きっと手袋に包まれた指も冷えてじんじんしているだろうに、多分それも無自覚。


「人参とか、持ってくれば良かったです。飾りつけが出来ませんね」
「勿体ねえだろ。その辺の枝とか葉っぱとかで飾ってやれ」


 エステルが作った小さい塊を、ユーリの作った大きな塊を上に乗せる。重なった部分に雪をつけて補強して、拾った枝や落ちていた椿の花等で飾った。暗い中で作った雪だるまは何だかとっても歪で、


「かっわいくねー」
「ハンドメイド感があって良いじゃないですか」


 けらけら笑いながら、携帯電話で写真を撮っておいた。


「どうするよ、これ。明日、公園で遊ぶ子供達の笑い者だぞ」
「そんなに可愛くないですか? そこまででもないと思うんですけど……」


 唇を尖らせ、エステルは携帯電話の画面に映る雪だるまをじいと見つめる。と、いきなり辺りの明かりが消え、携帯電話の明かりだけが空しく宙に浮いた。


「……え、あ、あれっ?」
「……何だ、もう九時か。思ったより雪だるまに時間かかっちまったな」


 公園の明かりが消えてしまって、雪だるまももうはっきり見えない。


「仕方ねえな。帰るか」
「そうですね。……もう少し遊びたかったですけど、真っ暗では転んでしまいます」


 雪だるまは写真におさめたし、もしかしたら明日もまだ雪が残っていて、もう少しだけ遊べるかもしれない。エステルは暗がりの中雪だるまの頭を撫でて、くるりと踵を返そうとして――


「ぷひゃあ!」


 気の抜けた叫び声。振り向いた先で、ユーリが腹を抱えてけらけら笑っていた。目の前をぼたぼた雪が落ちていく。エステルはむうと頬を膨らませ、帽子についた雪を払った。


「何するんですか!」
「真っ暗で油断してたみたいだからな。ははは、何だ今の悲鳴!」
「ううううっ……!」


 お腹の奥がぐるぐるむかむかしてきた。エステルは足元に積もった雪を勢いよく掴み、ボール状にしないまま力任せにユーリに向かって投げつけた。


「おっと!」
「避けないでくださいーっ!」
「無茶言うなっつの!」


 暗闇の中だというのに、ユーリは軽々と投げつけられる雪を避けていく。むきになってどんどん投げるのだが、全く当たらない。次第に疲れてしまって、エステルは大きく白い息を吐き出した。


「楽しいか?」


 先程と同じ問いかけ。何だか少し悔しい。悔しいけど、楽しいのは本当。だから、言葉にしないで頷いてみせたら、意地悪そうにユーリは笑うので、更に悔しくなった。


「風邪引く前に帰ろうぜ。幾ら楽しくたって、長いこと外に居たら冷えちまう」
「はい」


 少し乱れたマフラーを巻き直し、雪にまみれた手袋をはたいて、片方の手袋をポケットに押し込む。それから、その手をひょいとエステルに差し出した。


「ん」
「……?」
「手袋じゃ冷たいだろ。……って言っても、こっちだって冷えてるけど」


 素手とユーリの顔を数回交互に見てから、エステルも片方の手袋を取って、ユーリの手を握った。僅かに笑ったユーリは、その手をそのままポケットに押し込み、歩き出す。


「ほれ、家まで出発進行ー。足元にお気をつけくださーい」
「こ、転んだりなんかしませんよっ」


 どうかなあ、と口の端を持ち上げてユーリが笑う。何を言っても駄目なような気がして、エステルは黙って隣を歩くことにした。何だかポケットの中の手のおさまりが悪くて数回もそもそしたら、くすぐってえよ、と唇を尖らせて軽く睨まれた。