家に着いたら熱いココアを飲もうと思っていたのに、ココアがなかった。しかし牛乳は火にかけてしまったので、砂糖と蜂蜜を加えて飲むことにした。甘くて熱いミルクは、遊び疲れて冷えた身体をじんわりと暖める。
「ほれ」
「ありがとうございます」
家を出る前のコーヒーはエステルが淹れたから、今度はユーリの番。交代制とか、当番とか、そういったことがある訳ではないが、何となくこういったことは順番にやるようになってしまった。
「はあ……あったかいです。やっぱり外は寒かったんですね」
マグカップで手を温めながら、エステルが深く息をついた。結局、手袋をしていた手も、ユーリと繋いだ手も、指先がじんじんするくらいに冷えてしまった。ホットミルクからは絶えず湯気がほわほわ生まれ、ファンヒーターの風につられて右へ左へ流れていく。
「当然だ。明日の朝はもっと酷いぞ。氷点下いきそうだ」
テレビのスイッチを入れたら、丁度天気予報がやっていた。雪のニュースも夜通し続きそうだ。
「あーあ、かなり積もってら。明日は少し早めに出るか」
「はい、じゃあ目覚ましも十分くらい早くしておきますね」
きっと明日の朝のニュースでは、この場所には更に雪が積もっているのだろう。冷え切った台所が暖房で暖かくなるまで時間がかかりそうだし、ベッドから出るのもしんどそうだが、頑張らなければ。
「エステルも、明日外に出るなら気を付けろよ。なんか雪、長引きそうだし」
「そうですね……特に買出しに行かなくても大丈夫なんですけど、少しお野菜が欲しいので。転ばないように気を付けますね」
「コートの上からカッパ着てけよ。ほら、ポンチョみたいなでっかいの、持ってただろ。転んでも雪まみれにならないし、何より目立つから車も歩行者も気にかけてくれるかもなー」
「あの……そんなにわたしが明日転ぶと思ってるんです?」
雪が降り始めてから、ユーリは三十分に一度は「転ばないように」とか「滑らないように」とか言ってくる。心配してくれるのは分かるが、ここまで沢山言われると不安になってきた。
「ああ……想像出来るなあ。つるっつるの雪んとこになぜか足を踏み入れてすっ転び、見事に車道にはみ出しながら道路に尻餅つく姿」
「ちょ、ちょっと何ですその遠い目! 哀れみの目!」
とっても具体的すぎて自分でもその風景を想像出来てしまった。ユーリの横顔に意見していると、彼はけらけら笑ってエステルの頭を叩くように撫でた。
「何だよ、心配してるんだぞ? まあ安心しろ、家に帰って尻に青あざ出来てたら、涙流しながら笑ってやる」
「……全然安心出来ません。結局馬鹿にしてるんじゃないですか」
「一晩中やっさしーく撫でてやるぞ?」
「っぐ!!」
ふてくされてミルクを飲んだところでとんでもないことをさらりと言われ、エステルは鼻にまであがってきたミルクに思い切り咳き込んだ。
「うわ、何むせてんだよ。……もしかして、想像しちゃった? エステル先生」
「何、へ、変なこと言ってるんです!」
「分かった分かった。じゃ、湿布貼ってやるか。多分貼りにくいだろうしなー」
つんとする鼻を押さえながら、明日は絶対に転ばないようにしようとエステルは誓った。
けれど結局夜になって、柔らかな尻にぺったり湿布を貼られてしまうというのは、また別の話。
雪遊びの話。べっぺりあは冬描写がボーダーラピードくらいしか思いつかなかったので……。