新婚パロ過去:高校生エステルと社会人ユーリの物語です。













 落ちる雫は、世界に散るから。








鼠と雨漏り








 閉められたカーテンの向こうは暗い。時折切れかけの蛍光灯が光るみたいにぴかりと光って、遠くで低い音がした。


「……どういうことでしょう」


 昨日の夜に見た天気予報では、今日は快晴だった筈だ。ここまで外れてしまうと、いっそすっきりする。天気予報が外れたという点に関しては、嫌になってしまうけれど。


「どういうことでしょうも何も、雨だ」
「はい。どしゃ降りです」
「どしゃ降りだな」
「……わたし、こんな雨の中で外行くの、嫌です」
「奇遇だな、オレもだ」


 ダイニングキッチンの真ん中にあるテーブル。向かい合わせに座って食後のコーヒーを飲んでいた二人は、何だか抑揚のない声でぽつぽつと言葉のキャッチボールをする。カーテンの向こうでは、ベランダや窓に雨が当たる音がばしばしと鳴り続けていた。壁掛け時計はもうすぐ午前八時を告げるのに、外は明るくならない。


「大変なんですよ。ローファーって、すぐ水が入ってぐしょぐしょになって」
「おい、お前オレも高校生だった時期があるって認識してないだろ。それくらい分かるぞ」


 制服に身を包んだエステルは、ユーリの言葉に首を傾げる。そういう意味で言ったんじゃないのに。
 有り触れた、木曜日の朝だった。ただいつもと違うのは、目覚めたのが彼の部屋であったということだ。昨日の夜ここに来て、それから今まで自分はこの空間で過ごしていた。鞄の中には制服も入れて、学校に行けるように準備してきたのに。
 朝起きて、制服に着替えて、ユーリが作ってくれた朝食を食べていたら、この雨だ。こんな雨で外に出ることなんてしたくない。


「……学校まで、車で送ってくか?」
「……うーん……」
「さぼる?」
「んんー……」


 行くでもなく、行かないでもなく。踏ん切りがつかないようにエステルは唸る。
 さて、どうするか。
 残り少ない高校生活、存分に楽しんで貰いたいところなのだが、とっても美味しい今の状況と比べてしまうとどうにも。


「……ああ、そうだエステル。プリンが余ってるけど」
「え、ほんとです?」
「食う?」
「はい!」
「食ってたら学校間に合わないけど?」


 あ。
 彼女はそれにすら揺らいだ。


(……オレ、もしかしてプリンに負けた?)


 試す為に引き合いに出したのだが、これはこれで悲しい。彼女は食欲旺盛だが、よく身体のことを気にして葛藤していた。その筈なのだが、ちょっと食べ物の話をすれば食いついてきて、すぐに食べると言い出す。本当に葛藤しているのか、少し疑問だ。


「そ、そう、ですよね……それにやっぱりちょっと……最近スカートが……」


 もごもごと呟きながらエステルは俯く。テレビから流れる朝のニュース番組は天気予報のコーナーになって、予報はずれの大雨への警戒を促した。
 ユーリはそれを耳の端に入れつつも立ち上がり、冷蔵庫を開けてプリンを一個取り出して閉める。スプーンも一個取り出し、テレビの前のソファに座った。エステルはそれを見て何とも言えない切なそうな顔をして、瞳を閉じて眉をよせ、それから泣きそうな声で、


「ああ、もう!」


と言って椅子から立ち上がり、ユーリの隣に勢いよく腰を下ろす。ぼふ、とソファが気の抜けた音を出した。


「ここに不良娘誕生、と」
「……自分が情けないです。プリンと学校を比べてプリンを取るなんて」


 え、プリンなの? オレじゃないの?
 少し悲しくなって何も言えないで居ると、その間にもエステルは自分の手からプリンとスプーンを取り、食べ始める。もぐもぐ口を動かしつつも目はテレビの天気予報。