後半からED後捏造です。













 君は僕のことを悲しませてくれない、故に。








ノット








 ほんの少しだけ、と、目を閉じる。変化が起きれば気配で分かるし、眠気もないから瞳を閉じてもうっかり寝ることはないだろう。
 木が爆ぜる音。夜の澄んだ空気。風の音が耳を掠める。零れた黒髪が肩を撫でた。遠くできいと鳴いたのは、鳥。何という名の鳥かは知らないが。


「……平和、だなあ」


 瞳を開けて空を仰ぎ、ユーリはぽつりと呟いた。何一つ平和ではないのに、こんなに静かだと平和だと感じてしまう。こうやって野宿している暇にも、世界は破滅へと向かっているのに。


「ですね。このあたりは魔物も出ませんし」
「……エステル。起きてたのか」
「見張り、交代の時間ですから」


 さくり、草をブーツで踏みしめて、エステルはトレイに二つのカップを乗せて歩いてきた。もうそんな時間になるのか、とユーリは星の傾き具合を見て悟る。


「魔物が出ないならエステルは寝てろよ。このままオレが見張りしとくから」
「駄目です。それでユーリが油断して眠ってしまったら、わたしの責任になりますよ」
「うーわ、酷いこと言う。オレのこと信じてくれないのか?」
「もう、レイヴンの真似しないでください。……信じてるとかじゃなくて、ユーリが休む時間がなくなってしまう、って言ってるんです」


 隣に腰を下ろすと、膝の上に置いていたトレイからカップを持ち上げ、どうぞ、と一つ差し出す。軽く礼を言ってからカップを受け取り、一口啜る。ミルクがたっぷり入ったココアだった。甘く優しいミルクは、夜の闇を柔らかくするように体内に溶け込む。


「ユーリは――よく、自分から見張りをすると言いますよね」
「あー……何つーか……結局、起きちまうんだよな。寝てても気配で分かるっつーか……毎回分かる訳じゃねえけど、魔物の群れなんかが近くに来ると、見張り番が気付く前に気付いちまう。そしたら、見張りが居ても仕方ねえだろ? 自分がやる方が手っ取り早いんだ」


 全ての魔物が殺気立って襲ってくる訳ではないが、明らかに襲うつもりで近付いてくる魔物の気配はすぐに分かる。眠っていても呼びかけてくるその気配は、どんなに深い眠りの中に居ても、この心を現実に引っ張り出してくるのだ。


「じゃあ……もしかして、ジュディスも自分から見張りをすると言うことが多いのって、ユーリと同じ理由からでしょうか?」
「かも知れないな。……いや……あいつの場合はそれだけじゃないかも知れないが」


 乾いた笑いを浮かべたユーリを見て、エステルが小首を傾げる。


「……根っからの戦闘狂、だからな。魔物が出たらみんなが来る前にパパッと仕留めたいんだろ」


 戦闘になると急に生き生きするあの女だ。強さの秘訣は戦いを楽しむこと、とか言っていたし。それが冗談だとしても結局戦いを楽しんでいるのは事実だろうし。


「もう……二人して無茶しすぎです。心配するわたしの身にもなってください」
「おい、お前人のこと言えるのか」
「言えますよ。二人は最前線で戦っているんですから」
「それが役割だ。オレ達が後衛でチマチマ何かやるとして、何が出来る?」


 それは、まあ……アイテム係くらいしか。言葉に詰まったエステルを見て、ユーリはけらけら笑い桃色の頭を叩いた。


「そういうことだ、気にすんな。自分の役割知ってるから、背中預けられんだろ」


 それが仲間ってもんだ。

 笑いながらココアを啜る彼の横顔を見つめ、エステルは恥ずかしそうに笑いながら、はい、と頷いた。
 残りをぐいと飲み干し、ユーリは軽く欠伸をする。温まった身体が眠気を訴えてきたのだ。


「ユーリ、今日はもう休んで下さい。後はわたしの役目です。……魔物の気配を分からないようにする……というのは、出来ないですよね」
「そんなこと出来たらとっくにやってるって。大丈夫、この辺は魔物あんまり出ないんだろ? ぐっすり眠れるって」


 気配を察知することを自分でコントロール出来たら少しは眠りやすいだろう、という彼女の気遣いだ。……正直、気配を察知するというのは便利だが時に面倒だ。察知することに慣れたお陰で、何かが近くで動けばすぐに反応してしまう。だから時に寝不足になることもあるのだが――今日はきっと、平気だろう。
 脇に積んである枝を数本掴んで、くべる。ぱちりと軽い音が静かな夜に溶けて行った。その軽い音がまた眠気を増させ、ユーリは黒い頭を横に傾けた。


「わ、わっ」


 急にこちら側に迫ってくる身体に、エステルは慌ててココアの入ったコップを頭上に持ち上げる。黒い頭は少女の腿の上に落ち、具合を確かめるように数回動いたのち、ぱったりと動かなくなってしまった。


「……ユーリ」
「背中預けさせてくれんなら……一晩くらい、頭預けさせてくれてもいいだろ」


 掠れたような声色。閉じた瞼はきっと暫く開かない。ああ、もう眠ってしまう――エステルがそう判断した瞬間、微かな寝息が聞こえてきた。
 そんなすぐに眠ってしまうほど、満足に寝ていなかった、のだろうか?
 考えたら、呆れより罪悪感を覚えてしまった。
 けれど、その分だけ自分が徹夜したって、何も彼に返せるものがない。
 きっと、こうして夜にココアを淹れて、冷えた身体を温めてあげることが、彼に出来る自分の役割なのだろう。