「え? ボクの欲しいもの?」


 厨房を出たら、風呂上がりのカロルと廊下で出会った。エステルの質問に、カロルは肩に乗せたタオルを手で弄りながら、うーん、と唸る。


「そうだなあ……今だったら、牛乳かな!」
「……、え?」


 予想外の答えにエステルが目を点にする。だって、とカロルは人差し指を立てて続ける、


「お風呂上がりの牛乳はとっても美味しいんだよ。ねえエステル、余ってなかったっけ」
「……さ、さあ……今ジュディスが後片付けをしてくれてますから、ジュディスに訊けば分かるんじゃないでしょうか」
「そっか、分かった! ……あれ、でも何でエステル、欲しいものなんて訊いたの?」


 厨房へと足を向けたカロルは、そこで不思議なことに思い至ってエステルを見上げる。


「あ、ええと……その……ユーリがお誕生日だったので」
「……? ……あ、そっか! ユーリへのプレゼントだね!」
「わーっ! カロル、声大きいですーっ!」


 慌ててカロルの口を手でがぼりと塞ぐ。が、もごもごと苦しそうにされたので慌てて手を離す。危うく呼吸困難になりかけたカロルは、肩で息をしながら考えた。


「んー、そうだなあ……ボクが思うに、ユーリは何でも喜んで受け取りそうなんだけど」
「でも、やっぱりユーリが貰って嬉しいものが一番だと思うんです。カロルだったら、ユーリに何をプレゼントします?」
「ボクならさっきあげてきたよ」


 あ、先越された。思ったが、そんなことを考えている場合ではない。


「……何、渡したんです?」
「ラピード型のクッキーだよ! ユーリ、甘いもの好きだからねっ」


 手先が器用なカロルにはぴったりだった。確かに彼は甘いものが好きだ。クッキーなら今日食べなくても腹が減った時にいつでも食べられるし、手も汚れない。


「でもエステルが悩んで決めたものだったら、きっと何でも嬉しいと思うよ」
「……そう、なんです?」
「うん。ボク、エステルが作ってくれるミートソース、大好きだもん。頑張って作ってるって知ってるからね!」


 どこか得意げに笑う少年の笑顔が、エステルの胸をほこりと温めた。よし、とエステルは胸の前で手を拳にすると、顔をあげた。


「分かりました、カロル。わたし、もう少し考えてみます!」
「うん、頑張って!」


 すいとカロルが上げた右手に、ぱちんと自分の右手を合わせる。悩んで重くなっていた心がすっと軽くなった気分。エステルは、ありがとうございます、とカロルに頭を下げてから、小走りに廊下を去った。その後ろ姿を見つめながら、カロルは腕を組んでぽつりと呟いた。


「……ほんとに、ユーリなら何でも喜ぶと思うんだけどなあ」


 ボクにだって、それくらい分かるよ。










「んー……そこはやっぱり、綺麗なお姉ちゃん……いや、悪かった! 嬢ちゃん、悪かったから行かないで!」


 多少は覚悟していたが、予想を裏切らないことを言ってくれた。無言で背を向けて部屋を出ようとしたエステルの背中に、レイヴンは慌てて声をかけた。


「いやだってね、俺と大将の好みって違うでしょ。俺の欲しいもの訊いたって、大将の欲しいものは分からんよ?」
「え? ……あ、あの……レイヴン、どうしてわたしの目的分かったんです?」
「カンよ、勘。ユーリの誕生日で嬢ちゃんが悩んでるっつーと、そういうことだと予想出来ちゃうでしょ」


 頭に人差し指をやって、示すようにとんとんと軽く叩く。エステルは難しそうな顔をして腕を組むと、小さくため息をついた。


「そうですよね……でも男の人って、何が欲しいんでしょうか」
「それも好みがあるもんだけどねえ……直接大将に訊くのが一番でないの?」
「それは分かってるんです。でもユーリはきっと意地悪して教えてくれません」
(……よう分かってるのに、その意味は理解してないのねえ)


 彼が意地悪して教えない意味を、彼女は正しく理解していない。その意地悪が、愛情であることを。レイヴンは少しだけ考えて、それからにいと口の端を持ち上げた。


「じゃあ嬢ちゃんも意地悪したらどう?」
「…………?」
「教えてくれなかったら、嬢ちゃんも『わたしの欲しいもの、何だと思います?』って言ってやればいいってことよ」


 確かにそれは面白そうだ。面白そうだけど、当初の目的から随分とずれてしまうような気がする。
 でもユーリには意地悪されっぱなしだし。うーむ。


「軽ーいお仕置きなら、野郎にもプレゼントなのよ?」
「そうなんです?」
「そうそう。若いってのはそういう特権があるもんなの」


 強引に締めくくられた気がしないでも、ない。