ED後捏造:下町で暮らす二人の話です。
憎らしいなんて、子供みたい?
やきもちのとり
少女の暮らす部屋には、そこかしこに本。小さな机に向かってペンを走らせる少女の横顔は真剣そのもので、ユーリは黙ってベッドに腰掛けて転がっていた本を読んでいた。
どうにも入り組んだ深い話のようだが、一言で表すと身分違いの恋を描いた物語。
どうして女というのは、こういったものが好きなのだろうか。余り本を読まないからかも知れないが、どうもユーリは理解出来なかった。身分違いだから何だと言うのだ。結局引き返せないなら、ぱぱっと片を付けてしまえば……まあ、それが出来たら苦労はしない、という話だが。
「…………んんー……」
時折ペンを止めて、考えるように唸っては、脇に山積みの本を捲る。そしてまたペンを走らせ、少し経ったら手を止めて。エステルは先程からそれを何度も繰り返していた。どれくらい時間が経っているのか分からないけれど、朝からずっとこの調子だ。もうそろそろ昼食の時間になるが、エステルは一向にその話を切り出さない。食事どころか、時間の経過すら頭に入っていないのだろう。
「エステル」
「んー……はい、何です?」
「何です?、じゃなくて。そろそろ昼飯の時間だぞ」
「……あら? もうそんな時間でしたっけ?」
ぽっかり口を開けてエステルが瞬きした。何かに熱中していると他の事が考えられない、というのはユーリも理解している。が、こんなに驚いた反応をされると、つい笑いが込み上げてきてしまって、本を閉じて喉で笑う。
「そんな時間だよ。そんなに楽しいか?」
「はい。難しいですけど、楽しいです」
「ふーん……で、どんな話書いてんだ」
言われてエステルは、え、と口ごもった。彼女の思っていることは筒抜けなので、言われる前に言うことにした。
「笑わないし、呆れないし、怒らないから。言ってみろって」
しかしエステルは難しそうな顔をした。どうやら、笑われないか、とかが原因なだけではないらしい。
「……まだ、内緒です」
「内緒、なのか?」
「はい。……えーと……あ、わたし、もうちょっと書いてからにします。ユーリは先に食べていてください」
無理矢理なはぐらかし方だ。相当隠したいことらしい。
「オレには見せられないような内容なのか?」
「まだ内緒なんです。もっと出来上がるまでは、見せるのが嫌なんです」
「……何だ。てっきり見せられないようないやらしい話でも書いてるのかと」
「違いますっ!」
いやらしいのはどっちですか、という声色で否定された。はいはい、とユーリは笑ってから部屋を出て、キッチンへと向かった。先日安かったチーズを纏めて買ったので、グラダンでも作るかとマカロニを探す。
ここ最近、童話を作ることに慣れてきたのか、童話のために費やす時間が前よりも増えたようだった。ハルルの子供達は読み聞かせをするエステルを慕い、読み聞かせの時間になると皆にこにこしながら彼女が物語を紡ぐのを待っていた。
自分のことは自分で決めろ。それは、ユーリがずっと前からエステルに言ってきたことだった。彼女はそうして、自分で決めた夢を追い、ここまで来た。
――有名にならなくても良いんです。わたしの作ったお話で誰かが喜んでくれる、それだけで、良かったって思えるんです。
いつか彼女はそうやって笑った。あの時の幸せそうな微笑みは、きっと一生忘れない。
けれどどうしてか、幸せそうに笑う彼女を見ると、幸せなのに辛く感じる時があった。
(……幸せそうにしてるのは、嬉しい筈なのに)
エステルと出会ってからは、訳の分からない感情にも出会ってばかりだ。
調味料は愛情、なんてごまかしたこともあったけれど、実際料理には愛情が大切だ。食べてくれる人のことを思って、美味しく出来るように願いを込める。好き嫌いはあるにしても、仲間達は美味しいと食べてくれたものだから、旅の料理当番も苦ではなかった。
しかし、食事を忘れてまで童話を書かせるなんて、正直させたくない。
時折、ちょっと我慢します、と言って食事の量を減らすことはあったが、回数を減らすことは余りなかった。というか、ユーリがそれを阻止していた。食事の回数を減らすと身体に悪い、と説得し、どうしてもと言うなら量を減らせと助言した。その裏には、これ以上痩せられたらあの柔らかさがなくなってしまうかも知れない、という恐怖があったのだが――そんなことをエステルに言ったら顔を真っ赤にして怒られてしまうから言わない。
柔らかな頬や素肌に触れると心が落ち着くのに、どうしてそれを嫌がるのだろう。折れてしまいそうに細くなってしまったら、ぎゅうと抱き締めることが怖くなってしまうのに。
「……呼びに行ってみるか」
チーズをマカロニの上に乗せながら、思う。
きりの良いところで一旦終わらせて、食事を取らせる方が良いだろう。後で腹が減ったと言われても嫌だし。
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