ED後捏造:ローウェル一家の物語。子供ネタです。













 その物語は、彼らの中に。








VESPER bell








 年に一度の大掃除。少年に割り当てられた役割は、書庫の整理だった。
 とは言ってもこまめに掃除されているから、思うほど大変なことではない。去年もこの役割だったけれど、本棚の上の埃をはたいたり、本の並び順を軽く直すくらいしかすることがなかった。両親は掃除が嫌いではないようで、そこまで大変な大掃除になることは今までも滅多になかったらしい。
 それに、少年も書庫の掃除が嫌いな訳ではなかった。手間がかからない分、掃除しながら本を読めるからだ。そのことについて、両親は何も言わない。掃除してるんだから本を読む時間じゃない、と叱ってくれても良いのに、時間はたっぷりあるんだからやりたいようにやれば良い、の一言で終わってしまった。
 少年は本を読むのが好きだった。産まれた時から本に囲まれた生活をしていたからか、それとも母がよく童話を読み聞かせてくれたからか。雨が降って外に遊びに行けない日は、決まって書庫で本を読んでいた。気付くと外は真っ暗で、父が様子を見に来て明かりをつけてくれるまで、随分と時間が経っていたことに気付かないくらい。
 本棚を指でなぞって、五十音順に並んでいるかチェックする。時々違うところに収納されている本があるので、それを取って正しい場所に入れる。


「……? 何だろこれ」


 と。見たことのない本があって、少年はそれを引っ張り出す。
 本――にしては、少し変わっていた。日記帳のような装丁で、ページの端はよれていたり少し切れていたりで、出版され世に出回っているとは思えない見た目だ。しかも題名も書いていないし、鍵がかかっていた。
 自分の記憶が確かなら、こんな本は去年は置いていなかった筈だ。この書庫にある本全てを覚えている訳ではないが、題名のない本なんて特殊な存在、忘れる訳がない。
 力技で外れたりしないかな、と留め具を引っ張ってみるが、びくともしない。かちかちと音が鳴るだけ。


「おいこら。お前の任務は掃除であって、器物破損じゃない筈だぞ」


 むきになってぐいぐい引っ張っていたら、本を後ろから伸びた手が捕らえる。首の後ろで無造作に縛った黒髪が、開かれた扉から入って来た風に靡いた。父は取った本を眺めると、少し驚いたように目を瞬かせる。


「……へえ。こんなんあったのか。よく見付けたな……ていうか、どこにあったんだ」
「本棚にあったよ。でも、前はこんなのなかったよね。題名もなくて鍵もかかってる本なんて、僕見たことないもん」


 父の言い方は、まるでこの本が何か知っている、というものだったから、少年は父を見上げて問うた。


「父さん、この本知ってるの?」
「まあな。……何だ、気になるか?」
「気になるって言ったら、開けてくれるの?」
「お、素直じゃない発言。やめた、開けてやんね」
「ちょ、待って、待って待って! 見たい!」


 本を棚に戻してしまう父を見て、慌ててその手を止める。父はおかしそうにけらけら笑うと、待ってろ、と言って本を少年の手に戻し、書庫を出る。少し経って戻ってくると、手には一つの鍵。鍵穴に差し込んで回すと、ぱち、と音がして留め具が外れた。


「…………これ……母さんの字」


 ページをめくると、そこにあったのは母の字で書かれた物語。印刷されたものではなく、直接インクで書きこまれた物語だった。


「それはな。お前がまだ母さんの腹の中に居た頃、母さんが書いてた童話だ」
「そうなの?」
「ああ。母さんが幾つか童話を書いてるのは知ってるよな。でもその童話は、まだ誰にも読み聞かせたことがない童話だ」


 ふうん、と少年はぱらぱらとページをめくる。
 星の力を持って産まれた男の子が、仲間と共に世界を救う物語。
 所々塗り潰して新たに書き直されていたり、ページが破られていたりする部分があるのは、母が何度も書き直したからなのだろう。


「何で鍵なんかかけてるの」
「さあな。自分で訊いてみろよ、オレはその話読むつもりないし」


 どうして読むつもりがないんだろうか、と少年は思ったが、何だか訊けるような雰囲気ではなかった。