「……あら。鍵、開けちゃったんです?」


 おやつの時間、掃除の休憩の時間。鍵のかかった本の話を切り出した少年を見つめ、母は目を丸くして少年を見て、そして父を見た。


「いつか開けるつもりだったんだろ? なら今でも良いかと思ってな」
「そうですけど……」
「それより、何で鍵なんかかけてたの?」


 椅子の上で足をぶらぶらさせながら紅茶を飲む少年は、母をじっと見つめる。


「……えっと……そうですね。あれは、…………ええっと……何ででしたっけ?」


 難しそうな顔をして思いだそうとした母は、最終的に小首を傾げて笑った。桃色の髪がさらりと肩を掠める。余りにあっさり告げられたものだから少年は言葉をなくし、隣に座っていた父も口をあんぐり開けた(何だかんだで気になっていたらしい)。


「大きくなったら読んで欲しいと思っていたのですけれど、何だか恥ずかしくて、しまっておいたんです。それで鍵をかけた……ような気はしますけど、だったら最初から書庫には置かない……、? そういえば、どうして書庫にあったんでしょう」
「……諦めろ。こりゃ真実は闇の中だ」
「……そうみたい、だね」


 ぼんやりと母が言うのを見て、父は呆れたように手をひらひら振った。


「でも、あの本はきっとこれから先、誰にも読み聞かせることはないでしょうね」
「え、……そう、なの」
「はい。あの話は……それで、良いんです。だから、大事に持っていてくださいね。誰にも知られることのない物語だとしても、それが『あった』ことはなくしたくはないんです」


 矛盾した母の言葉に首をかしげつつ、少年は頷いた。
 なくしたくない物語なら、沢山の人に知って貰えば良いのに。
 難しそうな顔をしてしまったからか、隣に座る父には自分の思考が伝わってしまったらしく、喉で笑われた。くつくつと笑う度、艶やかな長い黒髪が揺れる。少年と同じ色の髪だった。
 ……そういえば、先程最初の部分だけ読んだ母の童話の主人公、星の力を持って産まれた男の子も、綺麗な長い黒髪だと書かれていたな、と少年はぼんやり思った。


「ねえ母さん。今度書く童話は、どんな話?」


 けれど、結局のところ自分は鍵のかかった童話を寝る前に少しずつ読むし、大事に取っておくのだし、母の話は好きだ。また新しい童話を書き始めていることは知っていたので、少年は紅茶のカップをソーサーに置いて問うてみる。


「今のお話はですね――そう。大きな斧を持って勇敢に戦う男の子の冒険です」


 ふんわり笑って母が言うと、父がおかしそうに目を細めて苦笑する。少年はどうして父が笑ったのか分からなかったが、いつか読み聞かせてくれるだろうその話を期待して、そっか、と笑った。


「さあ、一休みしたらお掃除の続きです」
「うん!」
「頑張ったら、今日の夜ご飯はお父さんの愛情たっぷりコロッケですよ」
「……おいそこ、何勝手に決めてる」


 掃除の終わりの合図は、晩鐘。
 明日の暁鐘へと続く、音。









 vesper bell/夕刻を奏でる鐘
 EDでエステルが書いてた話は、題名からして自分達の物語なのかな……と。