今日はリタとお買い物に行きました。
  今ではわたしのことをエステルと呼んでくれるようになりました。
  魔導器のことを熱心に話すリタは、生き生きしていて本当に楽しそう。
  年の近い女の子と接することは滅多になかったから、リタのことをもっと
 知りたいし、もっと仲良くなりたいと思います。




 ……ああそうか、最初はエステリーゼと呼ばれていたんだったか、とユーリはあの頃のリタを思い出す。エステルと呼んでいることが自然になってしまったから、すっかり忘れていた。確かにこの日記は、旅を思い出すには相応しいものだった。
 他にも様々なことが書かれていた。カロルのこと、レイヴンのこと、ジュディスのこと。勿論自分のことも書かれていた。フレンから沢山話を聞いていたとはいえ、矢張り最初はどこか信用出来ない部分があったようだ(そりゃ初対面で殴りかかってきたし)。
 日記を付けるにしても敬語なところが彼女らしくて、まるでエステルが語ってくれているかのような文面に、ユーリは唇に笑みを灯しながら字を追う。そうして次々とページを捲り――その手が止まるまで、長い時間は要さなかった。




  ユーリがわたしのことを殺してくれると思った瞬間、心が軽くなりました。
  ああこれで楽になる、と思うと、少しだけ幸せになれました。
  ユーリがわたしを殺してくれれば、わたしはこれ以上誰かを悲しませなくても
 済むし、ユーリが殺してくれるならそれで良いと思いました。
  なのにユーリは私を殺してくれなくて、おかえりまで言ってくれました。
  わたしにはそんな資格はないと思っていたのに、笑って言ってくれました。
  生きていることが辛かったのに、ユーリがわたしが生きていることを望んでくれた、
 それだけでわたしはまだ生きていけるような気がしました。
  ごめんなさい。わたしは、まだ、生きていたいです。
  まだみんなと一緒に旅をしたいです。
  まだユーリと一緒に居たいです。
  わたしが生きていることで世界が滅んでしまうとしても、それでもまだわたしは
 この世界で生きていきたいと思ってしまいました。
  でも、わたしはきっとユーリを幸せには出来ないと思います。
  何でかは分からないけど、きっとユーリのことを幸せには出来ないんだと思います。
  ユーリはわたしのことを幸せにしてくれるのに。
  幻でも夢の中だけでも良いから、ユーリのことを幸せに出来たら、
 それほど幸せなことなんてないのに。




「……何だよ、それ」


 知らずユーリはぽつりと呟いた。
 幸せに出来ない、なんて。
 どうしてそんなこと思うんだ。
 お前は全然知らないだろ。
 オレが、どんなに救われたのか、全然知らないだろ。
 お前が幸せになれないなら世界なんて滅んだら良い、と。
 そう思うオレのほうが、どうにかしてるのに。
 紙がところどころ滲んでいたり、文字が歪んでいたりするのは、彼女が泣きながら書いたからだろうか。
 そうしてまた、文字が一か所、歪む。
 乱暴に目をこすって続きを読むも、結局数分も経たぬうちにユーリは日記を勢いよく閉じた。そのまま壁際に放り投げようとして、この日記は自分のものではないのだと思い出してベッドの上に下ろす。
 どれだけきつく瞳を閉じても、どれだけきつく唇を噛んでも、溢れる嗚咽と頬を伝う涙は止まってくれなかった。




  どうしてわたし、ユーリのことを好きになったりしたのかしら。
  ユーリのこと、幸せに出来る筈がないのに。




 ――その一文が頭から離れてくれない。


(そんなの)


 お前が言うことじゃない。
 お前が考えることじゃない。


「……オレの台詞だろう」


 幸せにすることが出来ないかも知れないと思っても、何とか幸せになって貰いたいと、自分の手で幸せにしたいと願ってしまう。
 なあ、お前が幸せなら、世界もオレもどうなったって良いんだ。
 もし叶うなら、オレの隣で幸せになって貰いたいけど。
 そうやって思うオレの方が、世界にとって毒だろう?