ED後捏造です。













 なあ、この痛みはどうすれば良い?








かりそめ








「……そうして、王子様はその後も、ずっとずっと世界を旅して、楽しく日々を過ごしました。めでたしめでたし、です」


 今日も良く晴れた青空の下、ハルルの木は桃色の花弁を町へと解き放つ。その木の下で、舞い散る花弁の色に似た髪を持つ少女は、優しい声色で物語を締め括り、静かに本を閉じる。彼女の前に半円を描くように座っていた子供達は、顔を見合せ幸せそうに笑った。


「ねえお姉ちゃん、王子様はそれからどんな旅をしたの?」
「うーん、そうですねえ……どんな旅だったと思います?」
「えっとね! 私はね! 海に出てると思うな! お船に乗って冒険するの!」
「じゃあきっと、王子様はお船で冒険をしたんですよ」


 それから見たことのない大陸に渡って、見たことのない魔物と戦って――物語の続きを言い合うエステルと子供達の笑い声が、ハルルの木の下で響く。それを少し遠くから眺めていたユーリは、知らず頬を緩めて息をついた。
 エステルがハルルに住むようになってから数か月。一週間に一度、子供達に読み聞かせをするようになってからもう随分と経ち、すっかり様になったようだった。子供達は毎週訪れる読み聞かせの時間を楽しみにしているようで、その時間になるとハルルの木の下に集まっていく。


「ユーリ」


 ぼんやりしていたら、エステルがこちらに駆け寄って来た。


「ごめんなさい、もう一冊読むことになっちゃいました」
「大人気だな、エステルお姉ちゃん。いやー、お見事お見事」
「……何だかユーリにそう呼ばれると恥ずかしいです」
「ははっ、じゃあ時々そう呼んでみるか」


 もう、とエステルが頬を赤らめてこちらを見上げてくる。その仕草が余りに可愛らしいものだからこの場でぎゅうと抱き締めたくなるけれど、我慢。


「もう一冊、か……んじゃ、オレ部屋に戻ってるわ。夕飯作っとく」
「はい、楽しみにしてます」


 子供達の呼ぶ声に慌てて木の下に戻る後ろ姿を見つめてから、ユーリは宿へ続く道を辿る。
 何度かハルルの町を訪れているが、エステルが読み聞かせをするのを見たのは今日が初めてだった。優しい声で童話を読む姿はハルルの木よりも華やかに見えて、ずっと見ていたいと思うくらいで――なんて、そんなことは誰にも言わないけど。
 宿の部屋を開けて、今日の夕飯は何にしようかと考えた時、ふと机に目が行った。積み上げられた沢山の本には、幾つも栞が挟んである。多分、今考えている童話の資料だろう。
 まだ夕飯を作るには早いし、暇潰しに一冊読んでみようかと思い、ユーリは一番上に置いてある本を手に取り、ぱらりと捲る。そして少し読んでから、何かおかしいと思い、その原因に思い当たる。
 これは本ではない。彼女の日記だ。日付からして、旅をしていた頃のもの。
 思い返してみれば、旅をする中で彼女が日記をつけているのを何度か見たことがある。この旅のことを忘れてしまわないように、と笑いながらペンを走らせる彼女は、いつかユーリがこの旅のことを思い出したくなった時にも使えます、と言っていた。
 ――しかし、だからと言って人の、しかも女性の日記を勝手に読んでも良いものか。女性心理を理解出来ない男と言われてはいるが、幾らなんでもそれくらいのデリカシーは持ち合わせている。が、好奇心と秤にかければ結果は秤にかけるまでもなく。


(……とりあえず、デザートはプリンで決まりだな)


 詫びの品だけ決めて、今もハルルの木の下で何も知らずに読み聞かせをしているエステルに心の中で謝ると、ユーリはベッドに腰掛け改めて日記を開いた。