予行練習とでも思っててくれないか?








おやこごっこ








 まるでそれは、黒と白。対照の際立つ二つが並んで歩けば、時折通り過ぎた先で振り向く者も居る。


「……はい! 全部終わりです。お疲れ様でした」


 持っていた買い物メモをチェックして、エステルはにっこり笑ってこちらを見上げてきた。ユーリは抱えている紙袋を見下ろして、随分と買ったもんだ、と今更思った。歩く度に擦れて音が鳴るボトルは紙袋からはみ出ている。


「あー……腹減ったなあ。ひと仕事したから、ちょっと何か食ってから帰ろうぜ」
「わたしもちょっとお腹すきました。宿の近くにケーキを売ってるお店あったので、そこにしません?」
「よし、決まり」


 最初は彼が甘いもの好きだということに驚いたけれど、今では何とも思わない。寧ろそのことに感謝すらしている。だって、彼の作るデザートはとても美味しい。身体のことを考えると、時々葛藤することになるが。


「で、その店どんなケーキが……いて」
「え?」


 ユーリの問いが控え目な悲鳴に変わって、エステルは彼の顔を見る。ユーリの顔は少し後ろに仰け反って、震えていた。長い髪の一部がぴんと張っている。その先を目線で辿ってみたら、そこには小さな女の子の手。


「……あら」
「あら、じゃねえよ、おい、いて、痛えって、ちょ、離せ」


 びんびん髪を引っ張る少女は全く手を離してくれない。その度にユーリの顔ががくがく動いて、抱えていた紙袋の中もがちゃがちゃ揺れる。


「ご、ごめんなさい、離してあげて?」


 エステルは女の子の手を取って髪を離させると、彼女の顔を見つめた。頬にそばかすの浮いた、三、四歳の女の子だ。


「ああ、くそ……まだ引っ張られてる感じがする。……無言で人の髪引っ張るとは、どんな教育方針だ?」
「ユーリ、怖がっちゃいますよ、そんなこと言わないでください。えと……どうしたんです? わたし達に何かご用です?」


 後頭部をさすりながらユーリが女の子を見下ろす。それを諌めてエステルが優しく問うと、女の子は丸くて大きな目でユーリを見つめ、ぽつりと呟いた。


「……ママは?」
「は?」
「ママ……う、……うえぇっ……」


 じわあっ、と女の子の目に涙がたまっていく。ユーリが、げ、と顔をしかめた瞬間、女の子は物凄い勢いでびいびい泣き出した。


「何だ……迷子か?」
「みたいですね。ほら、泣かないでくださいね。お母さんとはぐれてしまったんです?」


 泣きじゃくる女の子の頭を撫でながらエステルが問い掛けると、涙を拭いながらこくこくと頷く。


「大丈夫ですよ、わたし達と一緒にお母さんを捜しましょう? ね?」
「……ママ?」
「はい。だから泣かないでくださいね。あ、グミ食べますか? 何味にしましょうか。どんな味が好きなんです?」


 まだ泣きながらの女の子とにこやかに話すその様は、見ていてとても微笑ましい。オレンジグミをあげたら、おいしい、と女の子が笑う。ひとまず泣きやんでくれたことにほっとすると、二人は女の子の母親捜しを始めることにした。






「……どうやら、ユーリの後ろ姿を見て、お母さんと勘違いしたみたいですね」
「成る程な。黒くて長い髪……ね」


 エステルの手をぎゅうと握って歩く女の子は、今ではすっかり泣きやんで、にこにこしながら歩いている。さっきまでびいびい泣いていたのに、どういうことなのか。まあ人見知りじゃなくて良かったけど、とユーリは息をついた。子供が苦手な訳ではないが、びいびい泣かれては困る。


「とにかく、お母さんのことを聞いてみましょうか。きっとすぐに見付かりますよ」
「だな。まあ、分かんなくなったら宿に預けりゃ良いし」


 先程から道行く人に聞いて回っているが、どうやらこの町に住んでいる訳ではなさそうだった。ならば、見付からなければ宿に預けるのが一番だろう。


「……あら。どうしたの二人とも」


と、その時、よく見知った女の声が横から聞こえてきた。カフェテラスで頬杖をついてこちらを見つめるクリティア族の女は、あの柔らかな笑みでこちらを見つめている。


「あ、ジュディス。リタも」
「ごめんなさい。私、二人に隠し子が居たなんて知らなかったわ」
「かっ、隠し子ォ!? 待って、幾ら何でもそんなの……!」
「リタ、当たり前の嘘を鵜呑みにすんな」


 ジュディスの向かいに座っていたリタが、顔を真っ赤にしてがたんと席を立った。ユーリが呆れて額に手をやりため息をつくと、リタははっと我に返って、また勢いよく椅子に座った。


「違う! あ、あたしはっ、ジュディスのボケに付き合っただけ!」
「はいはい、じゃーそうしておいてあげますよ」
「この子、迷子みたいなんです。ユーリのことをお母さんと間違えちゃったみたいで。長い黒髪の女の人、見かけませんでした?」


 三人の会話を無視したかのように本題に入ったエステルを見て、ジュディスがくすくすとおかしそうに笑いながら答えた。


「いいえ。……エステルったら、相変わらずだけど、隣の彼がかわいそうよ」
「?」
「……ジュディ、お前後で覚えとけ」


 悔しくなんかねーっつーの、全然。