ED後捏造 + Der Stern Funkelte の続きです(下町で暮らすエステルの話)













 その全てを、飲み干したい。








Drink Me.








 朝寝坊は、余りしない人だった。起こしに行かなくても朝食までには起きるし、当番制にしているから二日に一度は必ず自力で起きなければならないし。
 だが今日は違った。朝が来て窓を開けて自然な流れで横を向いたら、彼の部屋の窓は閉じられたままだった。
 おかしいな、とエステルは首を傾げた。今日の朝食当番はユーリなのに。いつもならこの時間には起きて、下の厨房で朝食を作っているのに。
 珍しく朝寝坊かと思いながら着替えて顔を洗うと、エステルは部屋の扉を開けた。ユーリの部屋の扉の前には、ラピードが瞳を閉じて座っている。


「ラピード。おはようございます」


 しゃがんで声をかけるとラピードは瞳を開け、ひと声吠えて身体を起こした。


「ユーリはまだ寝ているんです? ……ラピードが起こさないってことは、何かあるんですか?」


 例えユーリが朝寝坊をしても、ラピードが起こしてくれる。それも知っていたが、今回はそれがなかったらしい。まるで見張る様に扉の前を陣取っているラピードは、エステルの問いに喉を鳴らしたような高い声で返し、堂々とした歩き方で扉の前を去っていく。


「あ、ラピード……」


 そうして階段を下りてしまった。エステルは暫く階段と扉を交互に見つめてから、一回深呼吸して扉をノックした。


「ユーリ! 起きてます? 今日はユーリが朝食の当番ですよ?」


 返事はない。……まあ、期待はしていなかった。狸寝入りしているなら話は別だが、起きてこないということは寝ているということだろうし。それでも音を立てないように注意しながら、エステルは扉を開けた。


「……ユーリ?」


 ゆっくり開けた扉からベッドを見るが、誰も居なかった。窓際に目をやると、閉められた窓の傍、丸い机に突っ伏した青年の姿があった。


「そんなところで眠って……風邪ひきますよ?」


 エステルは肩をすくめると部屋に入り、その机に近付く。そしてユーリまであと三歩のところまで歩いたところで、足を止めた。机の上は勿論、椅子に座る彼の足元にさえ、空の瓶がごろごろと大量に転がっていた。その一つを拾うと、エステルはため息をついた。


「……何してるんです、もう。お酒臭いですよユーリ」


 こんなに飲むなんて。
 ユーリが酒を飲む姿を、エステルは数えるほどしか見たことがなかった。一度飲ませて貰ったが喉を焼くきつい味に噎せ返ったので、以来飲んだことはない。だから、どれくらい飲んだら酔うかとか、どれくらい飲んだら身体に悪いのかとか、そういったことはさっぱりだ。
 腕を枕にして机に突っ伏したユーリは、規則的な呼吸でその背が僅かに動くくらいで、他は少しも動かない。エステルは持っていた瓶を壁際に置くと、残りの瓶を踏まないようにそろそろとユーリに歩み寄った。その三歩は、酷く長いように感じた。


「ユーリ。起きてください」
「…………、……エステル……?」
「はい。もう朝ですよ。気分は……大丈夫、です?」


 そっと肩を揺すると、黒い瞳が薄く開かれた。


「気分? ……ああ、……平気」
「……珍しいですね。こんなにお酒飲むなんて。それに、一体どこから持って来たんです?」
「下町の奴らから貰ったんだよ。飲まないもんだからずっと溜まってた。全部引っ張り出したんだ」
「だからってどうしてこんなに……その、…………えと。訊いても、良いです?」


 普段しないことをするということは、何か事情があるという可能性がある。もしかしたら言いたくないことかも、と思いつつ、エステルは問うた。だって、お酒を浴びるほど飲むなんて、そんなことするこの人を放っておいたらどうなるか。


「……まえは、」
「はい?」
「お前はさ。……誰にでも、そうだな」


 掠れた声は聞きとりにくかったが、それ以上に分からなかったのは彼の言いたいことだった。一体何の話だろう、とエステルは彼の横にしゃがんだ。机に突っ伏しているユーリの目線に合わせるためだ。


「フレン、の、ことも。……最初はそれで良かったんだよ。でも今とは違うんだ」
「……はい」
「オレは……そりゃ、あいつに勝ったけど。でも勝ったとか負けたとかそんなじゃなく、オレは多分一生あいつに勝てなくて。勝ち負けじゃねえけど」
「…………はい」
「あいつのやることとか、むかつくことあるけど、でもそれもあいつで。だけど、……あ――……くそ……駄目だ。纏まんね」


 前髪を掻き上げて、腕に顔を埋めた。エステルはすっかり困ってしまって、相槌も打てなくなった。一体どうしたのだろう。どうしようかと必死で考えていたら、微かに寝息が聞こえてきた。また眠ってしまったらしい。
 ……一体、何があったと言うのだろう。昨日、お休みなさい、と挨拶を交わすまでは、何も変わったところはなかったのに。
 ともあれまずは彼をベッドに移すのが最優先だ。思ってエステルは、転がっている瓶を集め始めた。