揃ってじゃんけんに負けた、それだけ。








ウォーターダウト








 布の袋を一つ渡された。二名ににこやかに手を振られ、一名に頑張ってねーとぶんぶん手を振られ、一名には頬をぷっくり膨らまされて、一匹は素知らぬ顔で煙管を咥えていた。
 みんなでじゃんけんをした。
 現状に至る原因はこれだった。
 負けた二人は薪拾い。今日はここで野宿。幸い森が近くにあったので、薪になりそうな木はすぐに見つかるだろう。


「……ユーリ、後出ししてませんでしたか」
「してねえよ。してたら勝ってただろ」
「それも……そうですね」


 歩きながらエステルの問いをひらりと交わし、ちょろいもんだ、とユーリはこっそり舌を出した。時々エステルは酷く鋭い。本当は後出しをした。そして、わざと負けたのだ。
 だって、エステルが負けて他の全員が勝ったのを見てから出したのだし。
 五人がじゃんけんして四対一に分かれるというのもそうそうない。
 運悪いとか憑かれてるとか思ってたけど、たまーに良いこともあるもんだ。
 思って、ユーリはグーを出した。エステルと同じで、他の皆に負ける形の出し方で。
 反射神経の良さをこっそり喜びながら。


「ちょっとぼーっとしてたんだよ」
「ほんとに、ほんとです?」
「ほんとに、ほんと」
「……なーんか嘘っぽいですけど、もう良いです。さ、張り切って薪を集めましょう! わたしは向こうを見てきますね」


 エステルは気を取り直すように胸の前でむんと手を拳にして意気込むと、布の袋を片手に森の奥へと駆けて行った。


「あんまり夢中になって迷子になるなよー!」
「分かってまーす! あんまり奥には行きませんから!」


 一応木々に隠れていく背中に呼びかけた。外に出たことがなかった故か、彼女は見るもの見るものに興味を示してはきらきら瞳を輝かせる。そんなだから、薪拾いの筈が珍しい花を見つけたりとかしてあちこち歩いて迷子になられたりでもしたら、と思ってしまうのだった。まあ、エステルは頭は悪くないから、ちゃんと戻ってくるとは思うのだけど……


「……やっぱ二手に分かれない方が良かったかねえ」


 目的は薪拾いだ。二人っきりは美味しい展開なのだが、そのことにがっついても怪しまれるだけだ。押して駄目なら引いてみろ――ではないが、ずっと一緒に行動しても仕方ない。


(だって、ずっとひっついてたって迷惑だろ)


 一緒に居たいから、それだけの理由で四六時中共に居ても、足を引っ張る行為になる。一人の時間も必要なこと。共に居ることが必ず重要でないこと。それはよくよく分かっているつもりだ。だが。


(……こういうのも、女性心理を理解してないのか? フレン)


 ほったらかし、では、ない。だが、これをほったらかしと思う人も居るだろう。
 エステルはどう思うだろう。
 いつも一緒に居るということは、果たして彼女にとって良いことなのか。
 適当に集めた薪を持っていた紐で縛り、立ち上がる。これではまだ一晩分ではないが、エステルの集め具合を見て、帰り道でまた拾えば良い。余り仲間の元へ帰るのが遅くなっても、食事の準備が出来ないだろうから、足りなければ後で拾いに来よう――思って、ユーリはエステルが向かった方角へ目をやる。木々で隠れて見えないので少し歩いてみる。が。


「……居ねえし」


 遠くには行かない、と言っていたのに。彼女の遠くとは、一体どれほどの距離なのだ。
 しゃーねえなあ、とユーリは肩を動かし溜め息をつくと、辺りを歩くことにした。


「エステル! どこ行ったんだ、そろそろ戻るぞー!」


 声を張り上げてみたが、全く答えは返ってこない。まさか魔物にでも襲われたのか――思ってから、まさか、と首を横に振る。この辺りの魔物はかなり弱い。不意打ちされたとしても、彼女の戦闘能力を考えればすぐに立て直して終わらせるだろう。大人しいが、彼女の戦闘能力は大したものだし、体力もある。治癒術も持っているから、怪我をしてもすぐに倒れるようなことはないだろう……けれど。
 もしも、ということもある。


「……どっかでくたばってたりとかしてねーでくれよ、マジで」


 嫌な焦りが心の中にふつふつと浮かび、頭が熱を持ち始めた。


「……っ、エステル! おい、エステル!」


 無意識に足が速くなり、小走りになって、最後には走っていた。ああ、何だろうな格好悪い――思っても足は止まらないし、彼女の名を呼ぶ唇は塞がらない。


「エステ――、…………エステル!」


 額に浮かんできた汗を手の甲で拭った瞬間、木々の向こう側に、しゃがんでいる白とピンクの背中を見付けた。そちらへ駆けて行くと、急に視界が明るく、赤くなった。思わず目を細める。


「あ……ユーリ! どうしたんです?」


 光る視界の中で、エステルがこちらを向く。森の中で日の光が遮られていたから、一気に明るい場所に出て目の感覚が追いつかなかった。いつの間にか空は夕焼けに染まって、森の中にぽっかり開いた穴のように存在する湖は、赤い光を反射して眩しく煌めいていた。目がくらんだ原因はこれだった。


「エステル!」


 一声怒鳴ったら、エステルがびくりと肩を上げて目を瞑った。薪を足元に置くと、ユーリはエステルの鼻先に人差し指を突きつけ、念を押すように一言ずつはっきりと言う。


「遠くに行かないって言ったよな? なのにこんな遠くに行きやがって。こっちはさんざん走り回って見付けたんだぞ」
「ご、ごめんなさい……いたっ」


 こつっ、と剣の柄で彼女の頭を叩く。


「反省したか?」
「……しました」
「なら良し」


 叩かれた頭をさすりながら、エステルは、ありがとうございます、と花のように笑う。背後で湖が日の光を反射していたからかその頬笑みがいつにも増してきらきらしているように見えて、ユーリは一瞬息を呑む。だが、動揺していることを悟られたくはなかったので、息をついて呆れたふりをしているように演じるしか出来なかった。