傍らに置いてあった布の袋はある程度膨らんでいたので、当初の目的(罰ゲーム)である薪拾いはきちんとやっていたようだ。
「……驚いたな。こんなとこに湖があるとは」
「でしょう? 水の音がするな、って思って来てみたら、見付けたんです」
「で? ずーっと湖見てたみたいだけど、何か珍しいものでもあったか」
「あ……はい。ユーリ、あそこ。光っているように見えませんか?」
エステルが湖の中心あたりを指差す。目を凝らしてそちらを見てみると、確かに湖の底で何かが光っているように見えた。
「ガラスとか石とかじゃねえの?」
「そうでしょうか……。……ごめんなさい、捜させてしまいまして。皆さんも待ってますよね、帰りましょう」
そうやってエステルは笑った。振り向かず、躊躇せず、はきはきと言って、足取りもしっかりしているし。でも。
オレには分かるんだよ。
時々嫌になるくらい、考えてること、分かるから。
今日は暖かい。水温はそう低くないだろうし。湖の水も澄んでいる。これなら。
「持ってろ」
「え?」
数歩歩いたところで薪を下ろした。剣をエステルに押し付けて、ブーツを脱ぎ捨て、軽く助走をつけるように草の上を走ってから赤く染まった湖に飛び込む。
「え、ええっ、ユーリ!?」
数秒経ってから一度顔を出したユーリは、濡れて顔に張り付く髪を指先で適当に払い、湖のふちでおろおろして剣を抱えているエステルを見て軽く笑った。そして息を吸い込んで、また潜る。そんなに深くはなかったから、目当てのものはすぐに見つかった。
「ほら!」
「わっ」
湖の真ん中から何かを放り投げてきた。エステルは慌てて手を伸ばしてそれを掴む。短い鎖の付いた、銀で装飾されたライラックピンクのクンツァイト。
「それだよ、多分。湖の底にあった」
「……どうしてこんなものが……」
「さあな。記念に頂いてけよ、もっかい湖に放り込むのもどうかと思うし」
湖から出たユーリは、ぼたぼた水が垂れてくる服を摘まんで軽く絞る。
「……ごめんなさい、ずぶ濡れにさせちゃって」
「お前が潜れって言ったのか? オレにはそんなの聞こえなかったな」
「言ってませんけど! でも、わたしが何か光ってるって言ったから」
「や、オレもちょいと気になってたから。戻ったら火にあたるから平気だって」
赤い夕焼けに濡れた黒髪が宝石のように光る。それが酷く綺麗で、エステルは思わず頬を赤らめた。耳まで熱くなっているのを自覚したが止めることが出来る訳もなく、だからと言って笑う青年の顔から目を逸らすことも出来なかった。
「……どしたエステル」
「いいえ! 何でも、ないです!」
物凄い勢いでぶんぶん首を横に振ってから、エステルは手の中にある宝石を見つめる。
……アミュレット、なのだろうか。どれほど湖の中に沈んでいたのか分からないが、銀の装飾にも宝石にも傷や汚れが見当たらない。
前の持ち主は誰なのだろう。もしかしたら、何か意味があって湖に沈めていたのかも知れない。だけど。
それでも、手放したくはない。
こんなにずぶ濡れにさせて。
後出しでわざと負けたことくらい、わたし、分かってるのに。
なのに嘘ついて。
貴方が隠したがっていたみたいだから、気付かないふりをしているけど。
知っているの。
「ユーリ。ありがとうございます。……わたし、これ、お守りにします」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないです」
瞳を細めて、頬を赤らめたまま嬉しそうにクンツァイトを胸に抱いた少女を見て、こっちの方が恥ずかしくなってきてしまったので、ユーリは脱ぎ捨てていたブーツを拾って、薪も持ち上げると、湖を背にしてすたすた歩き出した。
「ほら、戻るぞ! 早く行かねえと、腹空かしたカロル先生に怒られる」
「あ、はい!」
エステルは慌てて返事をすると、もう一度クンツァイトを見つめて微笑み、布の袋を持ち上げて、ユーリの剣を抱えながら彼の背中を追い掛けた。
ユーリは、知らないのでしょうけど。
でも、絶対に教えませんけど。
クンツァイトは、見返りを求めない純粋な愛を教えてくれる石なんですよ?
実はエステルは、ユーリがわざと後出しして負けたことに気付いてましたってオチ。
思ってること言わないけどちゃんと分かってる夫婦、を目指して。