ED後の捏造です。













 誰かの色に、染まっていく。








ゴッドファーザー








 花のような、とは、自分だけが抱く感覚ではないらしい。
 エステルって花のイメージがあるように思える――仲間に以前言ってみたら、確かに、と誰もが賛同した。
 じゃあ、その花は?
 どんな花弁の、どんな色の、何という名の花?






「ユーリ! ユーリ、居ます? 入りますよ」


 ノックの音が何回かしてから扉が開く。大荷物を引きずりながら、桃色の髪をした少女が入って来た。


「あ、ラピード。こんにちは」


 耳を震わせてこちらを見上げたラピードの身体を数回撫でてから、窓の方を見つめる。窓際に腰掛けて、一人の男が眠っていた。窓から入る風に長い黒髪を揺らし、小さな寝息を立てていた。


「……もう、ユーリ。起きてください」


 エステルは荷物を部屋の脇に置くと、つかつかと足音を鳴らしながら彼に近付く。腰に手を当てて前屈みになり、唇を尖らせた。


「もうお昼過ぎましたよ。買い物に行く約束していたじゃないですか」


 言っても全く起きる気配はない。肩をゆすって起こしても良いのだが、あんまりにも気持ちよさそうな寝顔だったので、そうだ、とエステルは右手を持ち上げた。起こさないようにそうっと鼻に親指と人差し指をやって、つまんで――


「……なんつー起こし方すんだ」
「あら。起きてたんです?」
「どんな起こし方してくれんのかと思ってな。……期待してたのにこれかよ。くそ、無駄なことした」


 ユーリの鼻から手を離したエステルは、残念そうにするユーリの顔を見て頬を膨らませた。


「あら、じゃあどんな起こし方して欲しかったんです?」
「優しく肩をゆすったりとか、美味しい展開になりそうな起こし方」
「おいしい、てんかい……って、何です?」
「……もうちょい大人になりましょうね、って展開だ。気にすんな」


 と、その時、まだ半分頭が眠っていたのか、手がずるりと滑った。身体ががくんと動いて視界が回転する。


「う、げっ!?」
「ユ――っひゃあ!」


 どだっ、と転落する音。ラピードが反射的に目を瞑ったが、暫くして大事ではないと悟り、こっそり部屋から抜け出して、丁寧に尻尾で扉も閉めた。


「……っててて……悪いエステル。平気か」
「へ、平気れす……鼻痛いですけど」


 床にぶつかるユーリの身体を支えようとエステルが手を伸ばしたのだが、当然支えられる訳がなく彼女を押し倒すような形で転落した。下敷きになったエステルは背中を床にぶつけるばかりでなく、鼻をユーリの肩に押し潰された。押されているような奇妙な感覚が残る鼻をさすりながら、エステルは苦笑気味に返した。
 このまま覆い被さっていても(美味しい展開ではあるが)エステルは重たいだけだろうし(背中も痛いだろうし)どこうとして、視界にふと桃色の髪が映る。
 ……ああそうだ、この髪だ。
 どこが一番『花っぽい』のかと言えば、多分この髪だ。ふんわりとした良い香りのする桃色の髪。こんな柔らかな色や感触が、花を連想させるのだろう。


「……あの……ユーリ? どうかしましたか?」
「ん、別に……何だろうな」
「はあ……」


 それを訊いてるんですけど、と曖昧な返事をしたエステルは、まだ手で鼻を覆っている。こういう空気は全く読めないのな、とユーリは心の中で判断し、試しに首筋に顔を埋めてみた。


「……ユーリ……」
「なに?」
「何しているんです?」
「何だと思う?」
「分からないから訊いているんですけど……」
「エステルが大人になってくんねえかな、っておまじない」
「……はあ…………」


 再び曖昧な返事をされてしまった。これ以上はどうやら無意味。ユーリは身体を起こすと、エステルに手を差し伸べた。


「ま、そりゃ追々な。ほれ、買い物だろ。行くぞ」
「あ、はい」


 そうだった、とエステルがその手を取って立ち上がる。


「しっかし……本気か? 暫く下町で暮らすって」
「はい。ユーリとフレンが暮らしたのはどんなところなんだろう、って思っていたんです。下町の全部を見た訳ではないから、じっくり見てみたいと思って」
「成る程ねえ……本で見るだけじゃ物足りないってか?」
「……そうですね。そんなところです。自分で触れてみないと分かりませんから」


 外に出ると暖かな日差しが頭上から降り注いでいた。


「荷物、どんだけ持って来たんだよ。すっげえ重たそうだったけど」
「とりあえず、数日分の着替えと日用品を。それから読みかけの本を持てるだけ。あとはここで揃えます」
「本、って……ここまで来てもまた本?」
「面白いですよ。あとでユーリにもお貸ししますね」


 どんな内容の本なのか、にもよる話であるが、楽しみにしているようにエステルが笑うから、笑って相槌を打っておいた。最初から今回のことに関しては少し話をしておいたので、買い物はひとまず食糧くらいで済みそうだ。


「で? お前、本当にオレの部屋に居座るつもりか?」
「……駄目ですか? だってわたし、下町に知っている人なんて居ないし……」
「いやそうでなくて。年頃の娘さんが、しかも姫さんが、野郎の部屋泊まるって」
「大丈夫ですよ。ユーリはそこまで野蛮な人ではないですから」


 何信じきっちゃってんのこいつ。ていうか、何勘違いしてんのこいつ。


「ふーん……じゃ、もしオレが野蛮になっちゃったら、どうすんの?」
「その時はその時です。ラピードだって見張っててくれますよ」


 そのラピードはさっき部屋から出てったんだけどな、とユーリは呆れてしまった。あの相棒は自分の立場を正しく理解している。例えば本当に自分が『野蛮』になれば、先程のようにこっそり部屋を出るのだろう。


「ま、エステルが良いんならそれで構わねえけど」
「はい。お世話になります」


 緊張感の欠片もなく笑われて、ユーリは色々考える気も失せた。