癒されてるって、分かってる?








遥か仰ぐもの








「ユーリ。お願いがあります」


 真正面。おしとやかに座る少女の目はいつも以上に真剣だった。彼女がこうやって切り出す時は必ず真剣なのだが、今回はその真剣度合が通常の二割増しだった。


「……な、何だよ」
「実はユーリに教えて貰いたいことがあるんです」
「剣か? 騎士団仕込みなんだろ、もっと自分に自信持って戦えよ」
「ち、違います! 剣じゃなくて、……あの、お料理です」


 料理。
 予想していなかった単語に、ユーリは眉を寄せた。けれどエステルの瞳は全く曇らず真剣なままだったので、適当にはぐらかすことも出来ずに頷くしかなかった。
 オレって尻に敷かれてんのかなあ、と思うと、ちょっと情けなかった。




「お、丁度良くレタスがある。……何だ、結構食材あるぞ。丁度良い、昼飯はサンドウイッチだな。エステル、それで良いよな」
「あ、はい。ユーリ、サンドウイッチ好きなんです?」
「てゆーか、簡単だから作ってるだけ。ちょちょっとやって食えるからな。前に言っただろ、勝手に覚えた簡単な料理って」


 パンを切っていく彼の手を見つめながら、エステルは残念そうにため息をつく。


「……それでも凄いです。わたしには出来ないことが出来るユーリは、凄いと思います」
「そりゃオレじゃなくて、他の誰かに言ってやるんだな」
「どういうことです」
「料理の得手不得手以上に、もっと凄えこと出来る奴が居るだろってこと」


 彼女、自身のことだ。
 治癒術。自分には決して使えない癒しの力。傷付けることしか出来ない自分と、誰かを癒すことの出来る彼女には、分厚い壁がある。……こんな戦いの日々でも、彼女の手が血に染まらなければ良いと、そう思うのは甘いと分かっている。だけど、願わずにはいられなかった。彼女の手が血に染まり、罪を重ね、悲しむ姿なんて見たくない。それなら、彼女の悲しみや苦しみを全部自分が引き受けたほうがよっぽどましだ。


「ユーリ……、ユーリ!」
「え?」
「どうしたんです? あの、わたし何か間違ったことしてます?」


 ボウルに茹でた卵を入れて潰していたエステルが、心配そうにこちらを見上げていた。緑色の瞳が不安げな色を帯びていたので、ユーリは桃色の頭を手の甲でこつりと叩いた。


「何でもねえよ。ほれ、料理に集中、集中」
「は、はい!」


 四苦八苦しながら卵と戦う少女の横顔はやっぱり真剣で、知らず頬が緩んだ。








「……で、出来ました……!」


 皿に盛り付けられたサンドウイッチを見て、エステルは誇らしげに笑った。


「見てくださいユーリ! 出来ました! 味見もちゃんとしました!」
「知ってるって、オレだって味見したんだから味は保証する」
「はい! ……わたし、嬉しいです! ありがとうございます、ユーリ!」


 頬を紅潮させて喜ぶその様は大袈裟だったが、それだけ嬉しいのだろう。


「……あ。何、サンドウイッチ?」
「リタ! 見てください、わたしが作ったんです! ……あ、ちょ、ちょっとリタ!」


 そこを通りかかったリタが、盛り付けられたサンドウイッチを見付け、興奮しているエステルの言葉に、ふーん、とか曖昧な返事をしてから、サンドウイッチをつまんでぽいと口に放り込んだ。


「……美味しいじゃない。エステル、あんた、腕上げた?」
「そうです? ユーリに教えて貰って、頑張って作りました」
「へえ……ユーリに……ね」


 どことなくその言葉に棘があるのに、エステルは気付かない。ユーリを見つめるリタの視線の棘にも、気付かない。


「今度一緒に作りましょうね、リタ。リタ、サンドウイッチ好きでしょう?」
「だっ、誰がそんなことするのよ! あたしはしないからね! ど、どうしてもって言うならやっても良いけど……」
「はい、では『どうしても』です。ね、リタ、一緒に作りましょう?」
「あーもーっ、分かった、分かったからそんなきらきらした目で見ないでよーっ!」


 ……オレってもしかして恋敵?、ユーリは二人のやりとりを見ながら少し複雑な感情を覚えたのだった。