昼食のサンドウイッチは大好評だった。美味しい、美味しいと褒められ、エステルは泣きそうなくらい嬉しそうに、ありがとうございます、と何度も笑った。
使い終わった食器や調理道具を近くの川で洗っていたユーリは、ゆっくりと背後に近付く気配につい笑ってしまった。
「わっ! ……とか、やるんじゃねえだろうな」
「あら。気付いてたんです?」
「それでオレがびっくりしたら、食器が川に流されちまうぞ」
「……そうでした」
くすくすと笑ったエステルは、わたしも洗います、と隣にしゃがんだ。
「みんなは?」
「出発の準備をしています。……ユーリは少し休んでください。後はわたしがやります」
「良いって。旨いもん食わせて貰ったんだから」
「教えてもらったのはわたしですよ。大丈夫です。お料理は後片付けまで入っているんですから」
そこまで言ったエステルは、ユーリの顔を見上げかけ、ふとその視線が一か所で止まった。笑みを作っていた唇が震えているのを確認して、ユーリは、まずい、と顔を強張らせた。が、全部遅かった。
「ユーリ……っ」
「って……!」
「あ……っ、ご、めんなさい!」
少し裏返ったような声で自分の名を呼んだ彼女は、濡れた両手で自分の右腕を掴んだ。直後走った痛みに目を細める。悲鳴を押し殺そうとしたがいきなりのことで追いつかず、食いしばった歯から少しだけ漏れた。慌てて手を離したエステルは、行き場のない両手をゆるゆると膝の上に下ろした。
「……あーあ。食器、流れちまった」
「はぐらかさないでください! どうして黙ってたんです!」
改めてエステルはユーリの右腕の袖を捲った。血を吸わせる為の布を包帯で止めている、ただそれだけの手当だった。あまりにもずさんな治療の仕方に、エステルは眉を寄せた。
「私に一言言ってくれれば、すぐに治したのに……」
「そしたらお前の力に頼りきりになる。一歩間違えれば大怪我に繋がる戦いで、治癒術を持つお前は確かに頼りになる。だけどそれに頼りきりになってたら、いつか足を踏み外す。だから言わないでおいた」
嘘だ。
本当だ。
だけど、嘘だ。
悲しませたくなかった。
心配させたくなかった。
後になって気付かれた時の方がよっぽど悲しませることになると予想出来ていても、治療を頼む勇気がなかっただけだ。
「……ごめんなさい。わたしがもっと気を付けていたら、ユーリに辛い思いをさせなくて済んだのに……やっぱりわたし、もっと強くなります。強くなって、ユーリも、みんなも守れるようになります」
ほら、そうやって他人の事ばかり。
無意識に桃色の髪に左手を伸ばしたら、それより先に彼女の手が動いた。包帯を――恐らく痛くさせないよう――ゆっくりと解き、血が染み込んだ布を取る。一瞬だけその瞳が揺らいだが、すぐにきゅっと唇を引き結び、瞳を閉じて左手を傷に翳した。
柔らかい光。
まるで彼女の微笑みのような、安らかな光。
「……どうです?」
「ん、絶好調。サンキュ」
「いいえ」
彼女はそう言って笑うが、その笑みの半分は曇っている。それが分からないほど、彼女の表情を知らない訳がない。
「エステル」
名を呼ぶと、彼女は素直に顔を上げる。す、と右手を軽く握って持ち上げると、殴られる、と思ったのか、ぎゅうと目を瞑った。かなり力が入っているのか肩まで震えていたものだから、ユーリは喉で笑う。それで異変に気付いたのか、エステルは恐る恐る目を開ける。それより早く、額を指でぴんと弾いた。
「わ」
「ばーか」
一生懸命で、健気で、仲間思いで。
無鉄砲だし天然だし。
「あーあ……食器、どこまで流れちまったかな。ま、捜すだけ無駄か」
「……ごめんなさい。傷に気付けなくて、料理も教えて貰ったのに、食器洗いまでこんなことにしてしまって……」
「詫びるんだったら、今度はオレだけに心を籠めて作ってくれよ。サンドウイッチ」
からかい半分で言ったのに、エステルは瞳を輝かせて胸の前で両手を拳にした。
「……はい! わたし、頑張りますね。絶対に、美味しいって言って貰えるサンドウイッチ作ります。待っててくださいね、ユーリ!」
花のように微笑む少女の答えが最初からボケで返ってくると分かっていたけれど、まさかこんな答えが返ってくるとは思わなかった。ユーリは呆気に取られながらも、嬉しくて叫びそうになるのを必死に堪えながら、笑って返した。
「ああ。期待してる」
バカップルな夫婦が書きたかっただけです。