さて、此処に南瓜プリンがある。
「良い? 最初はグー、だからね」
「後出しはなしだぞ」
「練習とかもなし」
 一人の少女と二人の少年の睨み合いの後、
「せーの、じゃんけんぽいっ!」
 威勢良く出されたじゃんけんの勝者は、困ったような笑みを浮かべた。
「あー! 雷筌らいせんの裏切り者!」
「裏切り!? 何で裏切りなんだよ、正々堂々じゃんけんって言ったの五十嵐だろ!」
「そうだそうだー、食い物の恨みは怖いぞー!」
留亜るあまで何言ってんだよ!」
 それでも少年は必死こいて南瓜プリンを護る。残った二人がじりじり少年を追いつめる。
「さ〜あ金野かなのくーん、大人しくあたしにっ! 南瓜プリン寄越しやがれー!」
「待て待て待て! どうして最後の言葉がそう乱暴なんだ!」
「そんなら金野ちゃん、俺にちょーだいv」
 きゃるんっと少年が両手を組んで小首を傾げて、かなり可愛らしい(?)声で言ったもんだから、南瓜プリンを持った少年は全身に鳥肌が立った。
「キモッ! やるならもっと可愛い声で言え中途半端にキモい!」
「ひでェこいつキモいって言ったぞ、おい路樹みちき聴いたか今の!?」
「……今のはあたしもキモいと思った。中途半端すぎて」
 うんうんと少女が腕を組んで頷いた。その瞬間、きらーんと瞳が光る。
「おりゃあッ、もらいッ!!」
 油断させておいてばっと右手をプリンに伸ばして奪い取る。
「あ……ッこら、五十嵐!」
「あーっはっは! 最後まで油断しないことだな、我が下僕共よ!」
 上履きをがっと階段に乗っけてふわりとプリーツスカートをなびかせ、天高く南瓜プリンを翳して高笑い。その姿はさながら女王蜂。もしくは悪魔。
「てかオレも下僕!? 下僕扱いな訳!?」
「そりゃそうだよ、言ったじゃん『共』って。もれなく留亜も下僕二号」
「ういーっす、路樹女王陛下! って訳で、下僕になってやったから南瓜プ」
「やるか!」
 げす、と少年の頭を階段に乗せていた足で蹴る。
 一月の公立中学校の昼休み。二学年の中でも(良い意味でも悪い意味でも)評判の三人組は、屋上へ続く階段でほそぼそと、その癖騒がしく昼食を頂いていた。
 今回こんなことになった原因は、余った南瓜プリン争奪戦である。正々堂々じゃんけん勝負だった筈なのだが、勝った筈の少年ではなく少女が色気もなしに大口でかっくらっているのは、何時もの事だ。それを恨めしそうにもう一人の少年が見ているのを発見して、
「なに? 食いたい? ほれ」
とプラスチックスプーンを寄越すと少年が食べようとする、が、
「だからやらないって言ったじゃん」
 スプーンを引っ込めるのもいつものこと。
「……留亜、そろそろ学習しないか? 何やったって五十嵐はくれないぞ」
「悔しくないのか雷筌! お前が勝ち取った南瓜プリンをこいつに食われて、男して、いや人間として悔しくないのかあーっ!?」
 凄い勢いで言われて少年は戸惑う。この二人が突っ走るから、少年は何時も大変だ。振り回されていると言っても良い。それでも彼がこの二人と居るのはやっぱり楽しいからだ。
 この中学校名物、頭は良いのに問題児の三人組―――五十嵐路樹、凪尾なぎお留亜、そして金野雷筌。
 この物語は、この三人組の中二の冬の物語である。








フェザーギルド -feather guild-








1


「……つまり、此処でこの未知数xを判明させるには、xだけにさせなければならない。さて、その為には何をしなければならない?」
 その日の放課後、金野家。組み立て式のテーブルでささやかな勉強会が開かれていたが、今回の目的は三人揃っての勉強ではない。一人に対しての集中講義だった。
「え……ええっと……つまりあれか? 4を消せ?」
「………………ああ……まあそうなるかな」
「あ、当たってた!? 凄え俺!」
「そうだな、以前に比べたらかなりの進歩だ―――今回当たってたのがまぐれじゃないことを祈るよ」
「留亜さあ、本当に頭大丈夫なの? なんで数学だけそんなんな訳?」
 呆れて路樹がコーラを飲みながら言う。
 この勉強会の目的は「留亜の次のテストの数学を三十点以上取らせること」である。他は出来るのに数学だけがてんで駄目な留亜は、数学さえ除けばそれこそ何も注意されることはない(学力では)。
「そんなこと言われたって、訳わっかんねーよ! こんなxだのaだのyだの!」
「考えてみりゃ解るだろ? お前は分数を整数に直すことも出来ないのかよ、12÷4は幾つだ? ほら、小学生の問題だ。これが解けなきゃ中二と認定しないぞ」
 対して雷筌は数学の天才。彼が数学百点を逃すことはない、と言って過言でもない程の電子頭脳の持ち主だ。
「12……÷、4……? え、えっと、3?」
「お、正解」
「……路樹って実は俺のこと馬鹿って思ってんでしょ」
「わーかってんじゃーん。安心してよ、数学……つーか算数に関してだけだから、今のところ」
 遠慮を知らない幼馴染は、きっぱり言い放つ。が、自他共に認める数学の苦手さな留亜は、もう解り切ったことなので何とも思わなかった。
「だからだな。この4って言うのは、右辺の12と割り算をすることで消える。12は4で割れるから、12は3になって……つまりこの方程式はx=3となり、答えと……な、るんだけど……」
 なるんだけど、聴いちゃいねえ。留亜はノートと雷筌の手の動きを見て眉を寄せるばかりであった。
「あ、ああ、ほら留亜! これ、約分してみて?」
 苦笑紛れに路樹は分数をノートに書く。が、24を6で割ることさえ満足に出来ないらしい。既に指を使って計算している。
「……どうしよう五十嵐。オレの手にはもう負えない」
「雷筌が諦めてどうすんの。あたしより得意じゃんよっ」
「得意だから教え上手って訳でもないだろ?」
と、部屋の壁掛け時計が六時を告げる。
「あーあ、もう帰る時間だ。本当に間に合うのかなあ」
 こんなペースでは、二週間後に待ちかまえているテストが危うい。留亜のこんな数学のレベルでは、受験も危うい。いやそれ以外は良いのだが。
「何だよお前、知ってんのか!? 嫌な奴18782嫌な奴18782皆殺し37564だぞ!?」
「……そんで次は111112=12345678987654321……とか言うのか?」
「うっ読まれてた……!!」
 留亜がそれはそれは悔しげにストローをがじがじ囓る。こんなん大抵の奴が知ってるだろ、と雷筌は呆れる。
「そんじゃ宿題として、ワーク一ページ頑張って進めてこい。せめて五問は合ってないと……今日の勉強会の意味はなくなるぞ?」
「り、了解……」
 何故一ページかと言うと、留亜はそれに膨大な時間をかけるからである。はあっと盛大に留亜は溜め息をついて黒いバッグを背負った。
「じゃーな、雷筌」
「また明日ね!」
「おう、じゃな」
 玄関先で見送る雷筌に向かって手を振った。自転車をこぐ留亜はバランスを崩したら路樹にまで被害が及ぶので、その分まで後ろの路樹はぶんぶん手を振る。路樹と留亜の家は雷筌の家から自転車で十分程度のところにあり、二人の家は斜向かいに存在する。
「こら、暗くなったら電気つけろ!」
「「うわ!!」」

 いきなりかかった声に留亜は急ブレーキをかける。路樹が反動で落ちそうになるのを何とかこらえた。前から聴こえた声の主は、目元が路樹に良く似た男だ。
「にーちゃんっ」
 それもその筈、彼は路樹達より二つ年上の路樹の兄、基彦もとひこだ。
「カッコ悪ぃかも知れないけど、全然見えないんだぞ? しかも二ケツでそれか……度胸あるなーお前等」
「ごめんって。何で基彦、こんなとこに居んだよ?」
 留亜は基彦のことを呼び捨てにしている。中学にあがるまでは、よく三人で遊んでは近所の評判になったものだ。決して悪い意味ではなく、『何時も元気な幼なじみグループ』的な評判だった。
「いや、仙人の餌が切れそうだったから、買ってきた」
 仙人とは、五十嵐家の玄関に置かれる水槽の中に住む亀のことだ。その名の由来は、超絶人気漫画かららしい。しかも名付け親はその漫画の熱狂信者である路樹だ。
「おっまえら、また雷筌の家に行ってたのか? こんな遅くまで」
「だって留亜が数学出来ないんだもん、ねえ」
 自転車から降りてさらっと路樹が言うから、留亜はがくりと項垂れた。
「ねえとか言うなよ、哀しくなるから……」
「フフンそれは認めてんだね? 宜しい、潔く認めるが良い」
 自由奔放、男よりも男前な性格の路樹は、何事もきっぱりはっきりこなす性格だ。曲がったことが嫌いで正義感があるのだ。そりゃもう男顔負けの。
「ま、あれだな。数学ってのはやりまくるしかない。やってるうちに掴めてくるから」
 基彦が言うが、それで出来たら苦労はしない。やってもやっても無駄なのに。
「ああ、そうだ路樹、留亜。もうすぐかーさんが死んでから半年だから、もうそろそろ墓参りに行くからな」
 あの向日葵の咲く病院で息を引き取った母。あれから半年が経っていた。
「ん……解った」
 頷く路樹はとても哀しげで、留亜は自分のことのように眉を寄せた。
 二つの家族は一つの家族のように暮らしてきて、だから互いの事情は自分の事情にも近かった。路樹と基彦の母が死んだという、そのことも。