sweeter baby アルラク/ED一年後くらい
風のない夜は、静かだ。こんな静けさは嫌いではなかった。けれど今日はやけにそれが虚しくて、寂しくて、仕方なかった。
「赤ずきんちゃーん。早く眠らないと、狼さんが食べちゃうよー」
「……そうか、では丁重に腹を割いて石を詰めてやらないとな」
「ええ!? やめろよ、何かお前が言うと冗談でも怖い!」
隣のベッドから芝居じみた声が聞こえたので返してみたら、怖がられてしまった。けれどその怖がり方もおどけた風だったので、ラクウェルは自然笑ってしまった。
「……眠れないのか?」
「ああ。……今日の夜は穏やかだな。こんな夜はいつも安心して眠れるのだが、今日は何故かその穏やかさが怖いと感じてしまって、な」
まるで自分の命の灯が消えてしまいそうだ、とは言わなかった。
こんなに静かだと、この世に存在する音が全て消えてしまう気がした。自分の呼吸の音、心臓の音も、静寂に飲まれて消えてしまうのではないか、と。
前までは違った。静けさの中で耳に伝わる心音に、此処に私は生きている、明日へ繋ぐ命を持っている、と確信し、安心して眠れたのに。
「……どうも、私は最近、弱ってきたようだな」
「何言ってんだ。敵に遭ったら剣振り回して大暴れしてるだろうが」
「人を熊のように扱うな。お前は遠くから動かずに攻撃しているだろう、怠け者」
「頭脳派なんだよ。首から上を上手に使うのさ。……じゃないだろ。ごまかすな」
「……精神的な問題だ。なに、気にするな。気持ちなど日ごとに変化していくものだ。明日になれば治る」
ごろり、寝返りをうつ。隣のベッドがごそごそ音を立て、静寂を切り裂く。けれど今はその音にすら感謝出来た。目を瞑ったら、掛布の端を摘まれて、そこに何かが潜り込んできた。
「……何をしているアルノー」
「いや、赤ずきんちゃんが眠れないって言うから。狼さんが子守歌を歌いに来ました」
「一口で食べてから、腹の中で?」
「いえいえ、狼さんの優しい腕の中で」
やっぱりおどけたような言い方で、茶化すような声色だったが、真剣であることは伝わってきた。ベッドの中で包まれるその音も、感触も、暖かさも、今の自分には何より必要なものだった。
「暖かいな」
「ああ。今更言うこともないだろ? お前は解ってる筈だ」
「解っている。……解っているさ」
何度だってその暖かさに触れてきたのだ。彼だけではない。失いたくない仲間の暖かさにも触れた。今頃何をしているだろう。あの暖かい村で、平和に暮らしているだろうか。
「なあ、アルノー」
「何だ?」
「……朝になって、お前の横で冷たくなっていなければ良いのだがな」
笑いながら彼女は言った。アルノーが泣きそうに息を呑んだのが気配で解ったけれど、何も言わなかった。言葉を撤回することもなかった。本心からの言葉だった。
朝になって。夜が来て。また朝が来て。繰り返して、繰り返して、繰り返して、
どれだけ繰り返しても満足出来ない日々を暖かいまま音を失わないまま暮らして行ければ。
これほど贅沢なことはない。
「安心しろ。暖めてやるからな」
彼の声が震えていたのにも、気付かないふりをした。
こんなに暖かな空間で、自分が冷たくなる筈がないのだ、と思った。
まだ、早い。
まだ、早いだろう。
命の火を消し、旅を終えるには。
そうして彼女は眠り、朝を迎えた。
風が西から吹く朝だった。
悲しそうに笑って、冷たくなっていなければ良い、っていうラクウェルが浮かんだので。