仙草は少女の手から子供の手に渡った。
 冷たい手をした、その身体を病に侵された少女から。
 青年はそれを横から黙って見ていた。
 ……口出しできる訳もなかった。








ブラフマンの子ら  アルノーとユウリィ/ハリム後








 生まれ変わったようになったフロンティアハリムで、少女の顔は浮かなかった。白い髪飾りが風に靡いて、茶色の髪が揺らされても、少女の顔に張り付いた少し落ち込んだような表情までは拭ってくれなかった。
「……言いたいことがあるなら、言った方が良いと思うぜ?」
 フロンティアハリムに一泊することになった四人は、それぞれ別行動を取っていた。ジュードは何かやることはないかとアーチボルトの所へ行き、ラクウェルは美しい景色を見ようとそこらを探索している。特にすることもなかったアルノーは適当に散歩していたが、ベンチに座って浮かない顔をしたユウリィを見つけたのだ。
「お前は何でも一人で溜め込んじまうからな。たまには外に出してみろよ」
「……あの。……アルノーさんは、知ってたんですか?」
「え?」
「ラクウェルさんの……身体のこと……」
 口に出すのも少し嫌だったのか、ユウリィの声は次第に小さくなっていった。
「私、全然知らなくて。埋葬都市がラクウェルさんの故郷で、ラクウェルさんが病気だってこと、知らなくて……ジュードもこの前までずっと知らなかったんですよね。でもアルノーさんは前から知ってるみたいだったから」
 砂上戦艦から脱出した後、二人はラクウェルの身体のことを知った。戸惑うのも当然だろう。アルノーは彼女の隣に腰を下ろしてベンチの背もたれに押し付けるように背中を添えた。
「あいつの故郷に行った時からだよ。お前がブリューナクの奴等と一緒に行っちまう少し前だな」
「そう、ですか……」
 それしか返せなかった。矢張り彼は知っていたのだ。だからあの場で驚いた顔を見せなかったのだ。何だかこれ以上質問をするのは悪い気がしてきた。
「あいつはお前と同じことをしただけだよ」
「…………?」
 しかしアルノーはそんなことを言った。
「ユウリィがブリューナクについてったのと、ラクウェルがアルニムを渡したのと、似てると思うけどね、俺は」
「……そうなんですか?」
「どっちも自分を犠牲にした行動だっただろ。お前は闘うつもりだったとしても、俺達は助けられたんだぜ? ……だったら同じなんだよ」
 ユウリィは自分のことを弱いと思っている。……そうでもないと彼は思うのだ。パラディエンヌの務めを立派に果たしている。それでなくとも、パーティを支えているのだ。
「自分だけが弱いって思うのは損なことだと思うぜ、俺はよ」
 似たようなことをあの少年にも言った気がするな、と思ったが、まあ良いだろう。
「……ありがとう、アルノーさん」
「礼を言うのはこっちだよ。首から下はからっきしな俺を助けてくれますから」
「でも、攻撃するのが苦手な私を助けてくれるのもアルノーさんです」
 別に悪気はなかったし、悪い言葉ではなかった、寧ろ良い言葉だった。けれどその言葉は同時に脳内に少し嫌な考えを与えてくれた。アルノーは眉を寄せ、少し前屈みになって頭を抱えてため息をついた。
「……そうなんだよなあ。でも結局は魔術なんだよなあ……」
「えッ?」
「攻撃っつってもよー。やっぱり魔術なんだよ俺は」
「……魔術では駄目なんですか?」
「いや、駄目じゃねえんだけど、こう……」
 あ、とユウリィは思い当たり、しかし言って良いものかと躊躇したが、言ってみた。
「ラクウェルさんみたいに、剣で敵を倒したり出来ないから……ということですか?」
「そういうこと。だから首から下はからっきし、なんだよ」
 もっとこうさあ。スパッと行けないもんかねえ。魔術ってMP使っての攻撃じゃん。そうじゃなくて、もっとそういう消費の少ない……面倒くさい言い回しだな、そうだ、男らしく敵を蹴散らせるような何かが欲しい。と言うとラクウェルが男らしいということに繋がるような気がして嫌だけど。
「……そうですね。私もそれは思います。私ももっと闘う力が欲しいです。私はアルノーさんのように、攻撃出来る何かを持っていませんし」
「あるじゃねえか、あの、カリュシオンのどうたらこうたら……って」
「スティグマですか? でもあれは特定の敵にしか効きませんし」
「んなこと言ったらこっちだってブロックされることもあらぁ」
 二人は同時に盛大にため息をついた。まあ、宿命といえば宿命である。
「でもアルノーさんは凄いです。ラクウェルさんを支えようと頑張ってる姿が凄く素敵だって思うんです、私」
「……そうかあ? 必死なだけだよ。俺じゃあいつを支えるには役不足かも知れねえが、魔術と首から上では支えられることもあるから、それに賭けてる……ってとこもあるな」
「………………」
「本当言うとさ、止めたかったんだよ」
 空を見上げたアルノーを見て、ユウリィは顔を上げた。
「アルニムを渡しちまった時、な。……あれを使えばあいつは治るかも知れない、大人になれるかも知れないって。……あいつもそう思ってたけど、そんな自分を『卑しい』って言ったんだ。俺って馬鹿だなって思った」
「……そんなこと」
「強いって思ったんだ。あれだけ強けりゃ、支える役も要らないんじゃねえかとも思った。それでも何とか支える方法があればって思う訳だ。……お前を見てると、何となくそういうのは馬鹿じゃねえなって思うんだ」
 きょと、とユウリィが目を丸くした。今までの話の筋からしてそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「私、ですか?」
「ああ。言ったよな、闘う力がないって。それでもお前みたく、助ける力がないと前には進めねえよ。それが『パラディエンヌの務め』でもあるんじゃねえか?」
 片目を細め青年は笑う。ああ、この顔だ、とユウリィは思った。魔術を使う時もこんな自信に満ちた顔をしていた。……生き生きした表情。
「やっぱり凄いです。……ありがとう、アルノーさん」
「ははっ、何か褒められてばっかだな」
「だって本当に凄いって思うから」
 少女は立ち上がりスカートのよれを直すと、意気込むように胸の前で手を拳にした。
「私、頑張ってみます! 私に出来ること、探しますッ!」
「……そか。頑張れよ」
「はいッ!」
 青いスカートを翻し、少女は駆けていった。きっとジュードのように、出来ることを探しに言ったのだろう。
「俺もこうしちゃいられねえ、か」
 含み笑いと共に立ち上がった。
 やるべきこと。ラクウェルのように直接的な攻撃には弱いけれど、間接的なものや魔術であれば護れるだろう。
「……三枚刃くらいにしてみっかなあ、剃刀」
 何時までも二枚刃じゃ、そのうち錆びちまうかな。





アルニムイベント直後らへん捏造。
何だかんだでアルノーとユウリィって仲良しであれば良いと思う。馴れ初めはアレだけど、フォーミュラユーザーとパラディエンヌだからこその絆とか。