こ そ あ ど ?
あれ、それ
何となく、と言うべきなのか。理屈ではなく感覚で悟ることが、彼女にはよくあった。
長年の付き合いがそうさせたのかは分からないが、彼の意図するものが分かってしまう時があった。
「はい。今日のお夕飯は、麻婆豆腐です」
キッチンのテーブルの中央には、深めの皿に盛られた麻婆豆腐。蓮華を皿の端に添えて、取り皿はその横に。
「おっ、丁度食いたかったとこなんだよな。サンキュ」
「……あ、やっぱり」
椅子を引きながら嬉しそうにユーリが言うものだから、エステルはくすりと笑う。
「お買い物に行った時、ふと思ったんです。そろそろ食べたいって言うんじゃないかって。当たりましたね」
「オレ、前に言ったっけ?」
「いいえ。何となく、そう思ったんです。神様のお告げ、みたいなものです」
向かいに座ったエステルは、いただきます、と手を合わせる。ユーリもそれにならい、箸を取ろうとしたところでテレビがついていないことに気付いた。
「エステル。あれは?」
「はい、どうぞ」
リモコン、という言葉が咄嗟に出てこなかったが、手を差し伸べてしまった。しかしエステルは何も不思議に思わず、テーブルの隅にあったリモコンを取ってユーリの手に乗せた。
「……何で分かったんだ」
「神様のお告げ、です」
にっこり。エステルは笑ってから、取り皿に麻婆豆腐を乗せて、ユーリの前に置く。
「カレーは冷凍庫にありますから、使いたかったらレンジで解凍しますよ」
「ん、頼むわ……って、何でそんなことまで分かんだよ。エスパー?」
「違います。だって分かっちゃうんですもの」
少し拗ねたような抑揚をつけて言うと、エステルは立ち上がって冷蔵庫からカレーを取り出す。電子レンジの前まで行ったところで、もうすぐ七時であることを思い出した。
「あ、ユーリ」
「ほい、天気予報」
全部言う前にユーリの親指がチャンネルを変える。ぽっかり口を開けてそれを見るエステルに向け、彼はにやりと笑う。
「神様のお告げってやつ?」
してやったり、とでも言うように。
「あれ」という前で分かっちゃうとか。
ちゃんとした認識じゃなくて、何となくそんな感じする、ていうのが好きです。