「……綺麗、です」
「……だな」
「月では、本当に兎が餅つきしているんでしょうか」
「さあなあ。餅ついてたとしても、宇宙人かもな」
「お餅はあるんです?」
「あると思うか?」
「道具も……必要ですものねえ」


 半分噛み合っていないような会話をぽつぽつと繰り返す。笑い上戸でいつも以上にぼんやりとした酒の回った少女は、ユーリの腕の中で目を細めて笑い、空を見上げる。ユーリは片手をトレイに伸ばして甘い桃の酒の入った缶を掴み、プルトップを起こす。口に含むと、強い炭酸と甘い桃の味、それから微かなアルコール。


「飲むか?」


 冷えて水滴がついた缶をエステルの頬に当てると、その冷たさにびっくりして肩を震わせるも缶を受け取り、ちびりと飲む。月見酒なら日本酒だろうが、生憎日本酒はない。それにこういう甘い酒なら、エステルだって多少飲める。


「おいしいです」


 こちらを見上げてへらりと笑う微笑みは、いつもよりもとろけたもので。


「ユーリ。あのね。本で、読んだのだけど。……月に住んでいる人々は、とてもとても美味しいお酒をつくるんだそうです」
「……ふうん」
「十五夜が来ると、月は涙を流してそのお酒をわたし達にくれるんです。だからわたしは、手を伸ばして、そのお酒をすくうんですよ」


 こうやって、と。
 彼女は片手で缶を持ち、もう片方の手をひらりと持ち上げ、輝く満月に被せた。
 そういう童話があって、彼女はその主人公になりきっているのだろう。それとも――彼女が即興で考えた童話だろうか。
 ふと、天に伸ばした指先が煌めいているのを見付けた。……まさか本当に、とユーリはぎょっと目を見開いたが、すぐにそんな訳あるかと思い直す。彼女の指が濡れていたのは、水滴の付いた缶を持っていたからだ。月に手を翳して本当に酒をすくうなんて、ある訳がない。と言うか、普通ならそんなこと言われたって、現実的にありえないと思うのに。
 どうしてか、彼女が紡ぐ物語は、どこか本当に起きそうで。
 きっとそれは物語のせいではなく、彼女の声がそうさせているのだ。


「甘くて、美味しいお酒。飲んでも飲んでもなくならない、不思議な瓶に入ったお酒。きっと……とっても、素敵なんでしょうね」


 少し白くなった満月の光は、彼女の濡れた指先を照らす。ユーリは月の光を宿すその手を取って、水滴のついた指先をぺろりと舐めた。彼女の顔は見なかったのでどんな顔をしているのかは分からないが、驚いて指先が震えたのは分かった。


「こういう味?」


 おどけたように言ってみたら、酒によるものとは違う赤い色で頬を染めた少女は、恥ずかしさを紛らわすように酒を含む。その仕草が酷く可愛らしいものだったので、ユーリは目を細めて笑い、満月を見上げた。そうして暫く沈黙が続いたのち、頭の下から小さい寝息が聞こえてきたので下を向いてみれば、膝の上に両手で包んだ缶を乗っけて眠るエステルが居たものだから、思わずため息。
 多分彼女は三十分もしたら目を覚ます。軽く酔った時の彼女はいつもそうだ。ほんの少しだけ眠って、起きれば酔いが醒めている。酔っている間の記憶はいつも曖昧。何となくは覚えているのだが、細かくは覚えていないのだ。
 彼女が起きたら何と言ってやろうか。
 思いつつユーリはエステルの膝の上にある缶を取り、自分の口へと傾けた。









 お月見です。もう、それだけです。
 エステルは酔ったらいつも以上ににこにこ笑ってそうなんです。