「……は――……そういうことね。それでお前、髪伸ばしてたのか」
成る程成る程、と数回頷いたユーリの表情はとっても真剣。ある意味想像通りの反応に、エステルは心の中でしょんぼり項垂れたが、顔には出さないようにした。
「はい。ユーリの髪が風で靡くのって、綺麗なんですよ」
「ふーん……? あんまりそういうの考えたことなかったなあ」
今日は少し暑いからか、無造作に首の後ろで一本に縛った黒髪を手前に持ってきて、ユーリは不思議そうな顔をする。
髪を伸ばし始めて一年が経過した。桃色の髪の長さと比例して僅かに大人びたエステルの顔は、けれどころころ表情を変えるので、少女らしさを残したままだった。新しく買ったソファに並んで座ると、手を伸ばせばすぐに触れられるほど近い距離。胸元あたりまでに伸びたまっすぐな桃色の髪を一房摘まんだユーリは、そのままひらひらと動かした。
「まあでも、客観的に見れば確かに綺麗かな。オレの色とは全然違うけど」
「……そ、そうです?」
「黒とピンクじゃ全然違うだろ。そういう淡くて柔らかい色ってのは、オレの髪じゃどうやっても出せない。……そういう色した髪も似合わねえからしたくねえけど」
「それは確かに……ユーリの髪がわたしの髪の色になったら、何と言うか……違和感どころではなさそうです」
「だろ? だから尚更綺麗なんだろうな。髪の色が自分に似合うってのは良いことだ」
面と向かって言われると恥ずかしい。そのままユーリの顔を見ていられなくなったエステルは、紅茶のカップを手に取って一口飲んだ。ちろりと横目で隣に座るユーリを見ると、まだ髪を摘まんだままこちらを見ていたので、慌てて目線を正面に戻す。
「……んじゃ、そこまでよく伸ばしましたってことで」
「え?」
立ち上がったユーリは部屋を見渡し、やがて目当ての何かを発見したようで、小さなドレッサーに歩いていく。そして櫛を手に取ると、ソファに座ったままのエステルの後ろに回った。
そうっと、櫛を桃色の髪に通していく。時々引っかかるところは、ゆっくりと。淡いその色は、櫛で整えると一層柔らかく輝くようだった。
「やっぱりオレの髪とは違うな」
「そんなに違うんです?」
「柔らかくて……そうだな。匂いも違うし」
何となく長い髪を真ん中から二つに分けて、さらりと肩に流す。隠れていたうなじが露になった。……そういえば、旅をしていた時の彼女の髪は短かったけれど、首元が隠れる服だったから、うなじは余り見たことがなかった。
「そういえば、ユーリはいつも髪を縛りませんね。縛っても、今みたいに一つに纏めるくらいです」
「……おい、よく考えろ。お前はオレにみつあみおさげでもさせたいのか?」
「いえ、そういう意味ではないんですけど……それだけ長いと、きっと色々な髪型が出来るんだろうな、と思ったんです。わたしが髪を伸ばした理由の中に、そういうのもあったんですよ」
言われてみれば、確かにここ最近のエステルは色々な髪型にしている。今は縛らず肩に流しているだけだが、一回おさげ髪にしていた時は正直別人のようだったので驚いた(言わなかったが)。
「今度わたしが可愛く縛ってあげますね。お揃いの髪型も出来ますよ」
「やめてくれ。オレは可愛くなる趣味はない」
本気で否定したら、エステルがおかしそうにくすくす笑った。その柔らかい笑い声を聞きながら、ユーリは再び手を動かした。それから、ふと、手が止まる。
「……? ユーリ、どうかしましたか?」
エステルは正面を向いたまま、こちらに問うてくる。
ああ、全く、どうしてこいつは気付かないんだろう。
実はずっと前から、多分彼女が髪を伸ばし始めてからすぐ、伸ばしてるんだ、と気付いたことに。
伸びた髪に触れたい、と思っていたことに。
首の真ん中あたりに残った髪を指先で払い、細く暖かいうなじに唇を寄せる。びくりとエステルの肩が震えたが、気付かない振りをして何度か口付けた。
「ユ……っあ、あの……っふぁ……!」
衣服を摘まんで、もう少し首筋を露にする。肩甲骨の上あたり、丁度衣服で隠れるあたりに一つ、強く痕を残した。エステルの髪の色より少し濃く色付いたそこをぺろりと舌で舐め、衣服を戻した。
「大丈夫、隠れるから」
「……そういう問題じゃ、ないです……」
「見えるとこのほうが良かった?」
「何言ってるんですか」
長い髪から見え隠れする首筋。考えたことがなかったが、それがこんなに色っぽいものとは。
「ちょっとくらい見えても、その髪の長さなら隠れるだろ」
「風が吹いたらどうしてくれるんです?」
「靡くのが綺麗……じゃなかったのか?」
前かがみになって顔を覗き込んだら、想像通りの真っ赤な顔だった。
ああ、面白いな。
思って、耳元にもう一言、呟いておいた。
「………………っ!!」
絞ったようなうめき声をあげながら、エステルが顔を覆って縮こまった。顔を思い切り俯かせてまた露になった首筋にもう一度舌を這わせ、縮こまった小さな身体の内側に手を滑らせた。
互いにもだもだばたばたしてるユーリとエステルの話。
きもいユーリが書きたかっただけです。