どうせなら、縁起良く七色だって。








セグラ








 ハルルの木の下は暖かで、吹く風が心地良い。剣の手入れを終えて鞘にしまったユーリは、横に座って本を読むエステルを見やった。ほっそりとした身体ではあるが、肌は柔らかだった。頬はほんのり赤く、触ったらきっと暖かくてふわふわしてるんだろうな、とユーリはぼんやりと思った。
 やがて読み終え、ぱたり、と本を閉じる。深呼吸するように深く息を吸い胸を反らし、満足したように幸せそうな吐息を吐き出した。優しい笑みを宿した横顔は、天使のような柔らかさ。


「満足か?」
「はい! とても!」


 瞳を細めて微笑むエステルは、普段より少し高い声で答えた。それほど気分が高揚しているのだろう。全く分かりやすい、とユーリは思わず笑った。


「ほんと、お前本好きだよな」
「面白いんですもの。どきどきしたり、はらはらしたり、切なくなったり。色んなものが詰まっているんです」
「へえー……で、今回は?」


 問うてみたら、エステルはぱあと明るい顔をして息を吸い込み――そこでぴたりと止まった。そしてぱくんと口を閉じ、肩をすくめた。


「言っても、ユーリはあんまり良い感想を言ってくれなさそうです」
「……傷つくことさらっと言うようになったよなお前」
「だって本当のことなんですもの。馬鹿にします。最後まで聞くとも思えません」


 これはこれで、自分の性格を正しく理解してくれているということだろう。が、何だか悲しい。ユーリは手を伸ばしてエステルの頭をぐりぐりと撫で、言った。


「聞いてるから」
「……じゃ、話しますね」


 それでもまだ疑うような目だったが。こほん、と咳払いをして、エステルはその物語を語り出した。


「ユーリは、赤い糸って、知ってます?」
「ああ……女が好きなアレ」
「ちょっと、最初から全て否定するような発言しないで下さい。話す気失せます」
「……悪い。今のは冗談。続き、続き」


 じとりと睨まれたので、手を振って続きを促す。


「赤い糸は目には見えないし、触れないんです。だから運命の人が誰なのか、一生分からないままなんだそうです」
「だったらあってもなくても……いや、分かった。黙って聞いてるから、続き」
「……ええと……でも、歳を取ってお婆さんになって、その時はじめて気付くんです。今隣に居る人が運命の人なんだ、って。そんな幸せな気持ちを覚えて、天に召される。そんなお話です」


 何やら最初の方がはしょられた説明のようだが、つまりはある女の幸せな一生を描いた物語――なのだろう、きっと。


「幸せだと思えること、凄く素敵と思うんです。当たり前のことかも知れないけど……でも、幸せが当たり前だと思いたくはないんです。だってそうしたら、幸せじゃなくなっちゃうかも知れないんですから」
「幸せが当たり前なほど幸せ、は駄目なのか?」
「それが一番とは思いますよ。でもきっとそんなの、有難味がない気がして。贅沢なことって分かってます。辛いことは嫌です。でも……そういうのがなくちゃ、きっと幸せって分からないんだな、と思うと、」


 幸せって難しいんですね。
 本を抱いてため息をつく愁いを帯びたその横顔は、柔らかな輪郭。


「……難しくもないと思うけどねえ」
「?」
「いや、こっちの話」


 だってその温かな肌が一メートル以内、手を伸ばして触れられるところにある、それすら幸福の距離感なのに。
 赤い糸とか運命とか、そういうのがなくたって繋がれる自信はあるし。
 切れないし解けない呪いのような赤い糸さえ、幾重にも施したいくらいに欲してしまうのに?









 segula/あの人を守って、赤い糸
 あやみさんが赤い糸発言したことでふっと浮かんだ小話です。