威厳がありつつも軽い足取りで進むラピードは、自分の数歩先を行く。油断すれば見失ってしまいそうな距離感なのに、決して見失うことはなかった。適度なところでラピードは歩く速さを緩める。何だかんだで気を使ってくれていると分かると、エステルはつい笑ってしまった。
 それにしても、一体ラピードは自分をどこへ連れて行こうとしているのだろう。


「ねえラピード。ラピードの欲しいものって、何です?」


 答えてくれないと分かっていても、エステルは問うてみた。もしかしたら答えてくれるかも知れないが、自分にはラピードの言葉は理解出来ない。


「わたし、ユーリにいろんなものを貰っても、ユーリが何を貰ったら喜ぶのか、分からないんです。ねえ、わたしは何をすれば良いと思います?」


 ラピードは振り向かない。そうこうしているうちに、宿の中庭に出てしまった。急激に暗くなった視界の中で、ラピードは夜の闇に隠れて見えなくなってしまった。


「え、あ……ラピード! ラピードってば!」


 慌ててエステルは足を踏み出す。と、段差にがくんと身体が傾いた。ブーツ越しに伝わるのは柔らかな草の感触。転んでもそこまで痛くはないだろうが、いきなりのことに心臓がびくりと震える。


「うおっと」
「きゃ!」


 どさ、と音がした。前のめりになった身体に何かがぶつかる。


「大丈夫か?」
「……ユーリ」


 顔をあげたら、暗がりの中にユーリの顔があった。それで理解する。ラピードはユーリのところへ連れて行こうとしたのだ。してやられた、とエステルは眉を寄せたが、色々悩んでいるのもそろそろ馬鹿らしくなっていたのも事実だ。だって、考えても尋ねても分からないことは分からないのだし。


「あの……ラピードは?」
「あそこ」


 え、と振り向いたら、いつの間にか走ってきた廊下にラピードが居た。そして何も見なかったように、もと来た道を歩いて行く。


「お前がラピードのこと追っかけてんの見て、何かなって思ってたけど……そしたらいきなりずっこけるし」
「ご、ごめんなさい……」
「何やってたんだよ、こんな夜遅くに」
「ユーリこそ。寝ないんです?」
「オレはもうちょい夜更かし」


 言うとユーリは草の上に腰を下ろす。エステルは少し逡巡するように視線をさ迷わせてから、その横にふわりと座った。


「あの……ユーリ」


 やっぱり訊いてみよう。エステルは恥ずかしさを紛らわすためにこっそり深呼吸してから、彼の横顔を見つめた。


「ユーリの欲しいものって、何です?」
「……欲しいもの?」
「はい。ユーリの誕生日ですもの。だからわたし、何か贈りたいんです。でも何が良いのか分からなくて。みんなに訊いて回ったんですけど分からなくて」


 ユーリは思わず目を見開いてエステルを見つめる。すっかり落ち込んだようなエステルの瞳は、俯いていた。そのことに彼は大いに感謝した。だって、そのために走り回っていたのだ、なんて。そんな嬉しいこと。頬が緩むのを我慢するのが辛い。


「だったら、その努力だけで充分贈り物だ」
「駄目ですそんなの。気持ちだけで充分、と言っているようなものです」
「気持ちじゃ駄目なのか?」
「駄目ですよ。もっと、何かこう、形に残るものとか」
「形に残るものじゃなきゃ、贈り物にはならないのか? さっきオレ達はケーキ食ったぞ。あれだって、腹の中におさまって、形はあったけど今はもうない。それとも、一時でも形がなくちゃ駄目なのか?」


 そんな。
 そんなこと、ないけど。
 でも、気持ちだけなんて、いつだって出来る。


「……そうか。じゃ、オレの頼みを利くとかどうだ?」
「頼み、です? ……わたしが出来ることなら、構いませんけど」


 するとユーリは少し瞳を細め、笑った。


「オレの望み、必死であててみろよ」
「…………だから、それが分からなくて悩んでるんですよ」
「次の誕生日までにあててくれれば良いから。まあ頑張れよ」
「そんなこと言って、はぐらかしてるんじゃないです?」
「さて、どうだか」


 ぐりぐりと桃色の頭を撫でると、不服そうにエステルは頬を膨らませる。
 本当のことを言えば――彼の願いは既に叶えられていたのだけれど。
 でも、この願いははぐらかしてなんかいない、本心。


(オレの望みを必死で考えてくれてる、とか)


 自分のことを考えてくれる時間がある、とか。
 そんな至福の瞬間は、現状ではこの上ない最高の誕生日プレゼントだった。









(そして彼女の十九歳の誕生日の日が近付けば、自分も彼女と同じことをするのだろう)
 ユーリの欲しいものを探してみんなを順々に辿るエステルが頭に浮かんだので。