――そして現在――
陽はもうすぐ完全に消えてしまう。部屋を見上げたユーリは、窓が開いているのを見付けた。彼女は部屋に入って欲しくない訳ではない。扉に鍵をかけなかった時点でそれは分かっている。
だが、扉を開けて入るのは何となく気が引けた。窓から入ると言っても、不法侵入のようではあるが(自分の部屋なのに)。
「……ま、前科は盛り沢山だし」
忍び込むのはよくやることだ。思ってユーリは助走をつけてから跳躍し、窓に手をかけた。部屋は暗く、静か。物音を立てないように床に足をつけて部屋を見渡す。と。
ベッドの上で丸まった白いものを見付けた。
「何だよ……いい身分だな」
寝息を立てて眠るエステルを見て、ユーリはため息をついた。こんなことになっているなら、扉から入っても変わらなかったではないか。
近付いた所で、彼女の顔に涙の後があることに気付いた。泣き疲れて眠ったのか。床に片膝を着くと、ユーリは彼女の桃色の髪に手を伸ばす。さらりと指先をすり抜けていく髪は、柔らかな香りで溢れていた。
ベッドには開けっ放しのチョコレートの箱。
こんなもの一つで振り回されるなんて。
「……お前が一人で立て籠もって一人で寝てんのがいけないんだからな」
眠る少女の耳には届かない言葉を紡ぎ、ユーリはチョコレートに手を伸ばす。口に放り込むと、甘い味が広がっていく。全部溶けきらないうちに横向きのエステルの身体を仰向けにさせて唇を合わせた。力のない身体を動かすのは簡単だ。チョコレートのついた舌を使って唇をこじ開けることなんて、自分の手を動かすことと同じくらいに容易。
押さえつけていた肩がびくりと震えた。あ、起きた。思ったが、離すまいと手に力を込める。
「ん、んぅ……っは、……!」
腕の下で何かじたばたしているが、無視した。息継ぎに離れた唇から彼女の吐息が漏れ、それがまたやけに甘ったるいものだったから頭が麻痺した。
だってここはオレの部屋だろ。
そこにこいつが立て籠もったって、オレにとっては居座られてる、それだけだ。
この空間はお前のものじゃないんだ。
チョコレートというのは、こんなに口の中にまとわりつくものだっただろうか。熱に溶けていく甘いそれは、喉を通って消えていくのにその存在を確実に残していく。
「……っふ……ゆ……りぃ」
殆どチョコレートが溶けたところで唇を離してやったら、もうすっかり抵抗する気力を失っていたエステルは、ぼんやりとした瞳で自分の名を呼んだ。熱い吐息に紛れる掠れた声は首の後ろをぞわりと心地良く撫で、脳に様々な催促をする。
けれど。
「部屋が乗っ取られちまったからな。奪い返しに来た」
「……、あ、の」
「この部屋はオレのものだよ。お前のものじゃない。それ、どういうことか分かるか? お前がこの部屋に居たらお前はオレのものなんだよ」
組み敷かれたまま呆然としていたエステルは、赤かった頬を更に赤くしていた。どうして良いのか分かっていない、もしくはこの状況すら上手く理解出来ていないようだった。髪に口付けたら、それだけでびくりと身体を硬くする。
寂しがり。
知ってるよ。
兎は寂しいと死ぬなんて嘘だとか。
兎は鳴かないなんて嘘だとか。
知ってるよ。
でも、寂しがりで、泣き虫なんだろ?
「立て籠もり犯さん。どうしたらオレのこと許してくれるんだ?」
手探りでチョコレートを摘んで、ひらりと彼女の目の前で揺らす。
「……………………、ば、か」
エステルの言葉を待ってみたら、真っ赤な顔を背けてそんなことを言われてしまった。唇を尖らせたその仕草がやけに可愛いものだから、ユーリは喉で笑ってまた一欠片チョコレートを口に放り込んだ。そこで視界の端に、見慣れた服が映った。
「……エステル。何でオレの服持ってんだ」
「え? ……え、あ! あの、これ! ベッドの上にあって……」
「それ理由になってねえぞ」
「……置いて、あったんですもの。仕方ないじゃないですか」
ぐいと自分に服を押しつけてきたエステルは、泣きそうな声。
ねえ、そんな服よりオレを傍に置いてくれないか。
「ごめん」
「?」
「エステル。ごめん。チョコ食ったこと」
「……ほんとに悪いと思ってるんです?」
「それなりに」
「心から謝ってくださいよ」
「お前のこと食ってから、ちゃんと謝る」
「…………ユーリ、頼めば何でも許してくれると思ってますよね?」
「違うか?」
良いことを教えてあげようか。
兎には発情期なんて関係ないんだよ。
Rabbit Place/寂しがりの兎が立て籠もった部屋は、確信犯の兎の住処
収集つかなくなった感見え見え。
喧嘩した夫婦とエロ風味夫婦が書きたくてやってみました。