投げられた鞘が地面に当たって跳ね返る。それを合図にエステルは地を蹴った。下から振り上げられた刃をユーリの剣が受け止めて下へ押し返すと、エステルはその力に逆らわずに剣を下へ戻しくるりと身を捻り、今度は上から振り下ろす。後ろへ跳んで距離を開けて剣をやり過ごすと、エステルもまた間合いを取る。接近戦で勝てるとは思わない。ずっと責め続けても仕方ないと分かっているからこその判断だ。


「強くなったもんだな、エステル!」
「わたしだって、ずっと後ろで支援してるだけじゃないです!」
「そうかい、頼もしいお姫様だな!」


 剣を交え火花を散らしながら、二人は笑い合う。ジュディスに言われた忠告を守るために術技は使用しない、というルールを設けた。真っ向からの戦いは止まることのないステップを踏んで、まるで舞を舞うように夜の闇を駆ける。閃く銀色の刃が描く軌跡は、流れ星のよう。
 ――ずっと、踊っていたい、と、思った。
 力がなくなってへとへとになっても、こうしていたいと思った。
 わざと転んでみたらエステルがびっくりして駆け寄ってきたので、勢いよく右の拳を振り上げる。慌ててそれを避けた彼女は、眉を吊り上げて剣を振り上げる。宙返りしてそれを避けるとまた駆け出す。
 剣を交える音と地面を蹴る音、そして二つの笑い声は宙を舞い、世界の全てを繋いだ。


 そうして――どれくらい踊っていただろう。剣を交えた硬い音の後にエステルは鋭く息をつき、かくんと膝を折る。右手でその身体を支えたユーリは、肩で呼吸しながら勢いよく地面に尻をついた。


「あ、ははは……もう……こんなにへとへとになったの……久し振りです」
「何だよ、なっさけねえな……こんくらいで……」
「そういう、ユーリこそ……息、上がってるじゃ、ないですか」
「勘、違い、すんな。オレはまだまだ……動けるぞ」


 ぜいぜいと呼吸しながら、それでも二人は憎まれ口を叩くように言い合う。隣合わせに転がった剣が、同じ月の輝きを浴びて白く光った。


「……どうだ、すっきりしたか」
「はい。楽しかったです。……剣を交えるということは、命を賭けることに繋がるのに。でもユーリと剣を交えていると、楽しくて」


 立ち上がる気力もないのか、胸に頬を埋めたままエステルは笑った。熱い吐息が胸元を掠め、汗が肌を伝っていった。この汗は自分のものなのか、それとも彼女のものなのか。吹いた風は踊るまで少し冷たいと思っていたのに、今ではとても生温く感じた。


「悩んでても、何も待ってくれないんですよね。……大丈夫です。わたし、みんなとなら、歩いていけます。もう、大丈夫ですから」
「……そっか」


 ようやく息が整ってきた。額から落ちる汗を手の甲で拭うと、そのままばったりと背を地面に倒す。エステルが胸の上で身体を動かし、隣に横になる。肩を上下させ、頬を紅潮させたまま見上げた空には、今日も凛々の明星が輝いていた。


「やっぱり……ユーリには、勝てませんね」
「でもオレは、術はさっぱりだ。良いじゃねえか、それで。お前にはお前のやるべきことがあって、オレはオレの得意分野で攻める。得手不得手がなきゃやってらんねえぞ」
「そうなんです? 何でも一人で出来れば素敵だと思いますけど」
「それじゃ寂しいだろ。オレが治癒術使えたとして、自分の傷自分で直すのは……世話ねえけど、多分、ほんとに癒されることじゃねえだろうなあ」


 前なら、それで良かっただろう。だけど、治癒術を使って自分の傷を癒してくれる彼女の存在を知ってしまったから、もう、それで良いとは思えなくなった。
 傷を癒すだけでなく、心を満たしてくれると知ったから。


「何も、待っててくれないよな」
「はい」
「歩いてけんだよな?」
「はい!」
「躓くなよ?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと前見ますから」
「なら、後ろは任しとけ」
「お願いします。怪我したら、しっかり治しますね」
「心のほうも、癒してくれんの?」
「……何ですかそれ」


 途切れた会話。目線を彼女の方にやると、むうっとした顔で見上げる少女。おかしくて笑ったら、彼女も笑う。
 ああ――繋がっているのだ、と、二人は同時に思った。
 不用意に後ろを向く必要もないのだ、と。


 支えてくれる、ものがある限り。









 互いの役割を知っているから支え合って背中を守る二人、の物語。
 単に楽しそうに剣を交える二人が書きたかったってだけです。