キノコを使ったタリアテッレを食べて、片付けをして落ち着いた頃、エステルはスケッチブックとペンを持ってこんなことを言った。
「ちょっと外に行ってきます。一段落ついたら戻りますね」
「……何しに行くんだ?」
「星空が綺麗なので、描いておきたいんです。噴水のところからならよく見えそうなので」
「おう。冷えないうちに戻れよ」
「はい」
どうやら彼女は本当に童話作家になるつもりらしい。今のうちから、色々と題材を手に入れておきたいのだろう。扉を閉めて階段を降りて行く音。数十秒経ってユーリは寝転がっていたベッドから降りて、窓からひらり、外に降り立った。
「ひゃ!」
「お嬢さんが夜に一人で出歩くなよ。オレは用心棒みたいなもんやってここで過ごしてたんだ。久々にやるとすっか」
「あ! だったらユーリ、モデルになってくれます?」
「……用心棒っつってんだろ」
目をきらきら輝かされても、モデルになんかなりたくない。
「ユーリは本、読むんです?」
「……あんまり、かな。嫌いって訳じゃないんだけど、自分から読むことはあんまりなかった。指南書は別だけど」
「じゃあ、どんなお話が好き、とかもないんですか?」
「そう、だなあ……エステルは、どんなのよく読むんだ?」
「色々ですよ。童話も、歴史も、天文も」
天文。今日も凛々の明星は眩い光を放って世界を見つめている。
「……わたし、ハルルに暮らそうって思っています。でも、もう一度、旅に出てみたいとも思っているんです。もっと世界を見て、自分の書きたいお話が何なのか、考えたいんです。きっと書きたいお話、いっぱいあるんですから」
「そんな話を、本あんまり読まないオレに一番に読んで貰いたいってか? そんなで良いのかよ。良いも悪いも分かんねえぞ」
「良いんです。ユーリに読んで貰ったら、次はリタに読んで貰います。そうやって、みんなに読んで貰って、自分の満足のいく、みんなに喜んで貰えるお話を作りたい」
言いながら彼女はペンを動かす。輝く星と、下町の風景。心地良い音を立てる噴水。
「凛々の明星の冒険物語、なんていうのもどうです? きっと楽しいお話が書けます」
「……波瀾万丈すぎてあんまり面白おかしくはないと思うぞ?」
「面白い部分を抜粋して作りますよ。はらはらしたり、びっくりしたり、楽しかったり。……悲しいこともあったけど、辛いこともいっぱいあったけど、幸せでしたから」
世の中に出なくても良いんです。
でも、わたしは忘れたくないから、だからきっと書きます。
忘れることはないけれど、わたし達が居なくなったら、きっと凛々の明星は忘れられてしまうから。
そう言って彼女が微笑んだ瞬間、ユーリは昼間に感じた違和感の正体に気付いた。
(そうか)
エステルが一人で生きていけることを喜んでるのに、それが悲しかったのか。
自分が隣で支えなくても生きていけることを、成長したと思う反面、自分が居なくても良いのだと感じる寂しさを覚えたのか。
なんてことだ。
こんなに、依存する、なんて。
「ユーリ? ……どうかしました?」
「ああ、いや……思い出してたんだ。楽しかったなって。色々あったけど」
「はい。全部大切な思い出です」
そうして彼女が下町を出て行く時、自分は彼女を引き留めてしまうだろうか。
流れ星のように去ってしまうのを、届かないのに手を伸ばして掴もうとするのか。
きっと止めても彼女は自分の選んだ道を進むのだろうが。
それならば。
「……夜空に、またたく……」
「?」
「夜空にまたたく凛々の明星の名に賭けて。わたし、ユーリ達と旅したこと、絶対に忘れませんから」
煌めくあの星のような、貴方との日々を。
これからも続く、幸せな時を。
「安心しろ。忘れたくても、忘れられねえよ」
「……はい。それが良いです」
それならば、追い掛ければ良い、それだけのこと。
流れ星の落ちる町は、下町からそう遠くはないのだから。
そうして星は、また煌めく。
明日を迎える朝日を導くため。
Der Stern Funkelte/独/星は、煌めいた
ユリエス同居生活を書きたくて。