ユーリがプリンを作ってくれた。
 自分の分のプリンには、苺を乗っけてくれた。
 頑張り屋へのご褒美だ。
 そうやって彼が笑ったから、エステルはとても嬉しくて、ありがとうございますと何度も言ってプリンを食べた。
 そこで目が覚めた。
 ……ああ、夢。なんだ。残念。ユーリのプリン、美味しいのに。
 思ってベッドの上で身体を起こして、目をこする。


「よだれ拭けよ、よだれ」
「……んにゃ」


 まだ頭がぼんやりしている。奇妙な生返事が出てしまったら、ぶはっ、とか盛大に吹く声が聞こえた。不思議に思ってそちらを向いたら、椅子に逆さまに座っていた青年が、背もたれに顔を埋めるようにしていた。笑いを堪えているのか肩がぶるぶる震えていて、それにつられて長い黒髪も宙でぷらぷら揺れていた。


「…………っユ、ーリ!?」
「っひゃはははは! おま、っく、今、今の顔、っつか声、寝ぼけてんにも程があるっつーか、あっははは!!」
「ひどっ……ユーリ! 何言ってるんですか、人に向かってすっごい失礼ですよ!」
「い、今更失礼とか、ひっでえっ!」


 それでも尚も腹を抱えてけたけた笑っている。耳どころか首まで真っ赤になっているのは鏡を見なくたって分かる。エステルは恥ずかしさに歯を食いしばりながらベッドから降り、目に涙を浮かべて同じく(感情は全く違うが)顔を真っ赤にしながら笑い続けるユーリが座る椅子の背もたれを思い切り押した。


「ははは――っとお、あぶねっ!」


 椅子ごと後ろ向きに傾いたユーリは慌てて両手を床につけると、ついた両手を軸にしてひらりと身体を回転させる。少々派手な音を立てて椅子が床を転がった。ユーリは膝を軽く手で叩くと、まだ込み上げる笑いに頬をひくつかせながら(必死で笑うのを堪えようとしているのがまた腹が立つ)、椅子を持ち上げて元通りにした。


「何で黙ってわたしが寝てるの見てたんですか!」
「やけに嬉しそうに笑ってたもんだから気になってな。また何か食いもんの夢でも見てたのか?」
「仕方ないじゃないですか、だってユーリがわたしのプリンに苺乗せてくれたから!」
「…………図星かよ」


 ちょっとは否定しても良いところなのに。ユーリは呆れてため息をついてから、椅子に座る。今度は逆さまではなく、ちゃんと背もたれに背を預けて、だ。


「あれ……皆さんは、どちらへ?」
「お前がいつまで経っても起きないから、自由時間。ま、最近はきちんと休む暇なかったからな。良い休息だ。今のうちに休んどけ」
「ユーリはどこかに行かないんです?」
「オレはもう充分町を見てきたよ。休憩だ」


 開け放たれた窓から風が入り込み、ユーリの黒髪を揺らす。艶やかな、長い黒髪。今日は首の後ろで無造作な一つ縛り。しかしその縛り方は余りにも無造作だった。もしかしたら最初はそうでもなかったのかも知れないが、先程椅子から落ちた時に動いたのが原因なのかも知れない。


「ユーリ。髪、ぼさぼさですよ」
「さっきまでよだれ垂らして眠ってたお姫様に言われたくねえぞ」
「そ、そのことはもう忘れてください!」
「いや、忘れない。良いもん見たわ」


 からかうようににやにや笑い、ユーリは髪を縛っていた紐を解く。それを見てエステルは自分の荷物の中から櫛を引っ張り出して、青年の後ろに回った。


「今、ちゃんと縛りますから」


 そうやって、微笑んで言った直後。
 ……何か、違和感を感じた。
 あれ、とエステルが自分の言動に不思議な何かを感じて唇を閉じる。同時にユーリが目を見開いて勢いよくこちらを振り向いた。彼の瞳もまた不思議そうな色をしていた。まるで、遠い昔に見た微かな風景を取り戻そうとしているような瞳。


「あれ……? ……何でしょう、今の」
「オレも。何か今、変な感じがした」


 しかし原因が分からない。すっきりしねえなあ、とユーリはぼやきながら正面に顔を向ける。エステルも眉を寄せながら彼の黒髪に櫛を入れる。やっぱりこの動作にも違和感がある。だって、彼の髪を整えるのは初めての筈なのに。
 どうして。
 どうしてこんなに、不思議な気持ちになるんだろう。


(あの騎士の男の子はあれから姿を現すことがなかったのに)
(あれからすぐに騎士をやめたから、あの子とはもう会うことがなかったのに)


 何でこんなに近しいのだろう。


「……エステル、さ」
「はい」
「髪、長くすると、絡まる?」
「……何で知ってるんです」
「いや、……そんな感じがしただけ」


 そうして、鳥と星は、また出会った。









 ユーリは元騎士なんだから、どっかでエステルと会ってたらいいな! の妄想。
 騎士だったのがいつ頃かが分からないので、適当にごまかしました。