夜明けの鐘が鳴って、朝が来て、夜が来る。それをもう一度繰り返した後になって、ユーリはようやくまともに動けるようになった。実は二回目に目覚めた時にはそれほど身体が重たくなかったのだが、医師や仲間に安静にするよう口うるさく言われてしまったので、動けずにいたのだった。
 顔を洗ってからタオルを探そうとしたら、近くになかった。……あれ、この辺に置いたと思ったんだけど。濡れた顔のままで歩くことも出来ず、ユーリは手探りで周りにタオルがないか探す。と、その手に柔らかな感触。


「はい、タオルです」
「お。サンキュ」


 荷物の整理をしていたエステルだった。


「あ……ユーリ、髪。跳ねてます」
「え、どこ」
「右側の、ここです。ああ、もうちょっと右。あっ上……もう、少し屈んでください、わたし直します」


 面倒くさかったのかそれとも最初から従うつもりだったのか、素直に屈んだユーリの髪を直し始めたエステルは、手を動かしながら小さく言った。


「ユーリ。わたし、ちゃんと見てますよ。ユーリのこと」
「……何の話だ?」
「何で見ようとしないんだ、って言っていたじゃないですか。わたし、ユーリのこと見てます。ユーリが居なくなったりしたら、大変ですもの」
「いや、あれはオレじゃなくて……まあ、良いんだけど……」


 それはそれで嬉しいんだけど。ちゃんと伝わってんのか?


「すっかり夫婦みたいねえ、あの二人」
「今更でしょうよ」


 それを後ろから眺めていたジュディスが肩をすくめて笑い、レイヴンもからかうように言う。けれど二人はそれが聞こえなかった。見せつけてくれちゃって、と仲間達が呆れるのにも気付かなかった。


「これで大丈夫です。では、ユーリ」
「ん?」
「はい」


 全く気付かないまま、エステルが左手をすいと上げた。


「勝利の合図です」
「……何の勝利だよ」
「風邪と、治癒術禁止令です」


 禁止令発令から二十四時間以上が経過していた。ユーリはすっかり忘れていたが、エステルは律義に守り続けていた。禁止令を出したことに後悔した筈なのに――ユーリは彼女が約束を守ってくれていたことが酷く嬉しくて、右手を上げて、ぱちり、鳴らした。


「これまで通り、援護は宜しくな、姫さん」
「これまで以上、ですよ。さあユーリ、みんなとも勝利の合図です!」


 ぐいぐいエステルに背中を押され、半ば強制的に全員とハイタッチ。最後にラピードを撫でて、準備は完了だ。
 さあ行くか、とは言わない。
 くたばった身分でそんなことは言わないし、きっとそんな言葉を言う必要もない。


 一歩を踏み出すのは、それぞれの自由だ。









 ユーリにこんな弱い部分があるのかなあ、と思いながらも、風邪っぴきユーリの書きたさにヘタレにしてしまいました。
 男前なエローウェル氏をいつか書きたいです。