また、あえる。
どうしてそんなことが言えただろう。
(……嫌な奴じゃなかったけど)
意地っ張りで。人を信じやすくて。拗ねると子供みたいな仏頂面になって。一人じゃ何も出来ないような癖して一人で色々やってのける。立派な、女王。
だって、蛙に口付ける女なんて、よく考えてみたらそうそう居ないじゃないか。
今更だが、自分はとんでもないことを彼女に言っていたように思えてきた。殆ど初対面で接吻しろ、なんて言ったってしてくれる訳がない。『唇に』とは言っていないから先程のような結果でも呪いは解けたけれど、もしそれが唇限定だったら一体どうなっていたことか。
それだけでも彼女には感謝しなければ。
(呪いを解いたことに?)
(俺に、口付けてくれたことに?)
『イングヴェイ』
(俺の名前を、呼んでくれたことに?)
なんて。
馬鹿らしい。
彼女が紡いだ自分の名前が頭から離れない。
とろけた蜂蜜のように滑らかで優しいその声は脳内にべったり張り付き、その癖一つも不快感を与えず、寧ろそうして張り付くことで自分のことを護ってくれているような、奇妙で自意識過剰な錯覚に陥る。
石造りの床を歩く足を、止めた。
(とんでもない、馬鹿野郎だな)
お前も、俺も。
きっと逢いに行こう。
全て終わらせたら、またあの森へ行こう。
石弓を持って空から降りてくるあの妖精に。
おどけた挨拶をして、その顔をむくれさせて、変な顔、と笑ってやる。
それとも、彼女に蛙の呪いをかけて、王子の接吻で解けるとか、そういう遊びをしてやろうか。
「……参ったな」
唇の端から笑みが漏れる。身体中がむずむずするのを取っ払うように一歩強く踏み出し、再び歩き出した。
やらなきゃいけないことがある。
それが終わったら、そんな褒美くらいくれたって良いじゃないか。
メルセデス。
唇だけで、彼女の名を紡ぐ。
この名を本当に囁くのは、もう一度彼女に逢ってからで良い。
その輝きを追い掛けたかっただけさ
そんなメルセデス6章捏造。