母が死んだ時の夢を見た。
 きらきら綺麗に零れていった母の身体と魂。
 私も何時かあんな風に消えていくんだわ、と思うと、今から嫌になる。


(お母様)


 私、消えたらまたお母様と一緒に居られる?
 お母様の石弓を使って頑張って戦ったのよ、って、少し威張っても褒めてくれる?


「こんなとこに居たのかよ、お前」


 このままで居ると滅入ってしまいそうだったから森を散歩していたら、後ろからぴょこぴょこ黄緑の小さなものが跳ねながら追い掛けてきた。その挑発するような口調と挑戦的な声色といったら。そちらを見ずとも、足音がしなくたって誰だか解る。


「……蛙? お前こそ、どうしてこんなところに居るのよ」


 ふわり。羽を動かし飛んで近くの樹に腰掛ける。蛙は高く跳躍し脇に座ると、いつものように頬杖をついて口の端をにやり、笑わせた。


「お前が凄えネガティブなオーラ放ちながら歩いてるのが見えたから来てみたんだ」
「こんな所に居たら、私、間違ってお前のこと撃ってしまうわよ」
「お前が? 俺を? ……ぷはははっ、そんなの百年早いね」


 よく言うわ、蛙の癖に。言おうとして、言葉を飲み込む。彼も元々は人間で、蛙の姿なのは理由があって、それで元に戻るには妖精の接吻が、つまり私の、が、必要で。


「ねえ蛙。その……お前を人間に戻すのは……強い力を持つ妖精、なのよね」
「ああ。だから女王だっつってんだろ」
「だったらもしメルヴィンがまだ生きていたら、メルヴィンでも構わなかった筈よね」
「……おい、冗談はやめてくれ。俺は男だ。幾ら人間に戻りたいからって、男と接吻した日にはもう一度自分から蛙の姿になってやり直させて貰うぞ」


 蛙の目が半分ほどまで細まった。


「で?」
「……え?」
「話したくなきゃそれで良いけどよ、何でそんな不安定なんだ?」


 不安定。『落ち込む』ではなくそんな言葉を使ったのはどうしてなのか、メルセデスは最後まで解らなかった。それは彼なりの優しさだった。『落ち込む』なんて言葉を使ったら、それこそ彼女の気分をもっと沼の底へと追いやってしまう。それなら『不安定』という言葉を使った方が幾分かましだろう、と思ったのだ。話を引き出すには『落ち込む』を使った方がやりやすいだろうにそれをしなかったのは、つまりそういうことだった。


「……お前は、私のお母様が亡くなった時はまだ居なかったものね」
「ああ……エルファリア女王のことか」
「お母様が亡くなった時のことを思い出して……私も何時かあんな風に消えていくんだと思ったら怖くなったの。だけどこんな姿、皆には見せられないわ。女王が死に怯えているだなんて、みっともなくてどうしようもない」


 彼女はまだ子供だ。仕方のないことだ。自分だって死は怖い。母から死と呪いを予言されている身ではあるが、その事実は出来れば受け入れたくはないし、逃れられるのならどんなことをしてでも逃れたい。死への恐怖なんて当たり前に付きまとってくるものなのに、上に立つ者はそれすら許されないのか。……きっと、そうではないのだけれど、彼女は『女王』であろうとしてこんな結論に至ったのだ。


「……俺は良いと思うがね、それでも」
「どうして」
「他の妖精達だって、怖いって言ってる奴居るぞ。そんな時お前が死を恐れるなと叱咤して、吉と出るか凶と出るかは……まあその妖精次第だが、完全に得策とは言えないことだ」
「じゃあどうしろっていうのよ」
「そこはお前の腕の見せ所だ」


 まるで答えになっていない。メルセデスは口を尖らせた。


「お前、結局何が言いたいの?」
「……うっせえな、一人でうじうじされたり樹の陰で泣かれたりしたら気になるから、一人で泣くなって言ってんだよ!」


 投げやりに言われた。びっくりして樹から落ちそうになった。蛙はそれきり顔を逸らし、身体まで向こう側に向けて、それでも樹からは降りなかった。


「蛙」


 口が悪いし五月蠅いし、何時も何かしら言ってくるし、いちいち一言多いけど。


「……お前、凄く優しいのね」


 それっきりメルセデスは声をあげて泣き出した。慰めたいところだったが、毒が心配なので触れもしなかった。……人間に戻れば。人間に戻れば、この手で慰められるのに。
 わあわあ泣いてすっきりしたのか、鼻を啜りもぎ取ったマルベリーの実を食べながら、彼女はこんなことを言った。


「思うんだけど。お前があの時どんな行動をしても、きっと私、お前のこと撃てなかったわ」
「可哀想すぎてか?」
「可愛すぎてよ」


 一つ残っていたマルベリーの実を蛙の横に置いた。


「あげるわ。ありがとう」
「……お礼だったら俺を人間に戻してくれた方が何倍も嬉しいんだがね」
「それは別の話よ」


 食べ尽くし、ぺろり、指の先を舐める。その仕草がやけに艶っぽくて、マルベリーの実を落としそうになった。








あまい からい











イングヴェイは面倒見の良い性格をしてると勝手に思ってます。