Ein geheimer Garten der Blumen








 風が強い日だった。草の青い匂いが西からの風に混じっている。
 大分暖かくなってきたみたいだ、とオズワルドは思ったが、考えてみればこんなに風の匂いを意識したことは今までなかったような気がする。
 子供の頃。メルヴィンに育てられていた、自分も知らない小さな頃は、もしかしたら意識していたのかも知れないけれど、覚えていないのなら意識したことがなかったも一緒だ。
 とは言っても、風の匂いを意識したことは実は何度もある。が、それは戦場でのこと。風向きや、煙や血の臭いを察知して行動する。そんな理由での意識だったから、ああ暖かくなったんだな、とか平和な気持ちで風を感じていた訳ではなかった。


 ――オズワルド様、頭に桜の花がついてますよ。


 数日前散歩をしていたら、グウェンドリンがおかしそうに笑いながら言っていた言葉を思い出す。悪いと思ったのか控え目な笑い方だったが、心底面白かったらしく、桜の花を取ってくれてから暫くは、思い出したように時折くすくすと笑っていたものだ。
 桜の花。
 もう散ってしまって、緑の葉が茂っている筈だ。
 何となく気になって、桜の木がある遊歩道に行ってみた。
 ら。


「………………何をしてるんだグウェンドリン」
「…………申し訳ございませんオズワルド様。ミ、ミリスにはどうか内緒にしておいてください……」


 銀髪の小鳥が、長いドレスにも構わず土の上に座り込んで、土いじりをしていた。


「実は……花を育てたい、と。思ったもので。でもミリスは、ドレスが汚れたり土いじりをするのは嫌がると思って。だから内緒でやってみようと思ったのですけど、難しいものです。こんなこと、やったことがありませんもの」


 自分はワルキューレだから戦は慣れているし、汚れることも気にしない。けれどミリスは、自分が戦から帰ってくると、お美しいお顔が砂まみれですわ、と苦笑しながら言うのだ。
 だからきっと、こんな風に土いじりをしたら、またミリスは呆れてしまう。そこでグウェンドリンは古いドレスを持ち出して、ミリスが夕食の支度をしている間に花を育ててみようと思ったのだった。


「雑草を抜いて、水をやって……それくらいしか、分かりません。花を育てたことなんてありませんでしたから」
「……君は、前に花が好きだと言っていなかったか?」
「花は好きです。でも育てたことはございません。……ミリスが育ててくれた花はとても綺麗でした。教わっておくべきでしたわ」


 ミリスの育てた花がなくなる日は想像したこともない。けれどもしもミリスが忙しくて花を育てることが出来ないなら、自分が育てるべきだろう。彼女が育てた花を愛でる自分が居るなら、自分には花を育てる権利も義務もあるだろう。けれど。
 何も知らない自分には、権利と義務はあっても方法はない。


「オズワルド様。花の育て方、ご存知ですか?」
「……いいや。だが、メルヴィンは言っていた。花には日の光と水をやれ。それから慈しむ心を」


 慈しむ、心。


「全部あるじゃないか、君には」


 桜の木の横。小さく芽吹く命は、水を浴び、日の光を受けて輝いている。
 その葉が揺れたのは、吹いた風と、それから彼女の愛情に頷いたから。


「今度俺がミリスに教わっておこう。そうしたら、一緒に育てよう。きっとミリスは喜んで教えてくれる」


 綺麗な顔が勿体ない、というだけで、土いじりをして欲しくない訳ではないだろう。
 花を愛でるこの少女の頬笑みは、どんな花にも負けない煌びやかな光を持っているから。





Ein geheimer Garten der Blumen(独)/内緒の花園
花に纏わる話を書きたかったのです。