愛した人のこと
人を愛することはないと思っていたから、どうしたら良いか解らなくて、知らないふりでもしていたのかしら?
ぼうと考えていたら、いきなり目の前にそんな『愛した人』が現れ、グウェンドリンは引きつった悲鳴を小さく漏らし、バランスを崩して座っていたベッドの上に仰向けに倒れた。勢い余って身を退きすぎた。
「……大丈夫か? グウェンドリン」
「は、はい。お恥ずかしいところを……」
「いや、何度も声をかけていたんだが、何も反応が返ってこなかったから。何か考え事でもしていたのか? 邪魔をしたな」
「お気になさらず。大したことではございませんよ」
口数が少ないから解りづらかったけれど、本当は人のことを考えて行動する優しい人。只、それを表現する方法を持たないだけ。それが解ったから、まるで感情の籠もっていないような低い無機質と思っていた声だって、今は表情豊かで可愛らしい音色に聞こえていた。
「大したことではないのなら、呼びかけもすぐに解る筈だろう。それだけ熱心に考え事をしていた証拠だ」
「………………」
「嘘をつくのはよくない。それが自分のことであるなら尚更だ。君はいつも、自分のことを卑下する発言ばかりする。もう少し我が儘というのを覚えた方が良いな」
からかうような声色が含まれていることも知っていて、その表情も柔らか。
「……ワルキューレは、」
「?」
「戦場で死ぬことが誇りでした。男のものになり、子を産む道具となるのは恥でした。そう信じて疑わなかったから、誰かを愛するということが私にはよく解りませんでした。きっと解りたくもなかったのでしょう。だから貴方のことを突き放すことばかり言ってしまったのです。言い訳……のように、なってしまいますけれど」
人を愛することを、知りたくなかった。
それとも、人を愛せば満たされると同時に傷付くことを、心の何処かで知っていたのか。
「私は、貴方をしっかり愛せておりますか?」
疑問、だった。
愛し方を知らない自分が人を愛するなんておかしなことだと思った。
だって誰も教えてくれなかった。
戦場で美しく散った姉様も、教えてくれなかった。
ああ、姉様。
貴方は人を愛することを知っていたのですか。
それは誰に教わったのですか。
問うても、答えは返らない。
「グウェンドリン」
少しきつくなった口調。それでも優しさはその中に甘く溶けていた。
「俺に我が儘を言ってみろ」
「……はい?」
「俺も愛し方は知らないよ。それでもこれが愛しているということは解る。……何故、だろうな」
とても。とても、嬉しいことを言われた気がして、グウェンドリンは耳まで真っ赤になっているのを悟った。こんなこと。
これが、ひとをあいしているということかしら?
「君が愛しいから、だろうとは思うけど」
だから、どうぞ我が儘を。
卑下することなく、愛を分け合うのを味わえば良い。
なんかとっても甘ったるいのが書きたくなったら迷わず夫婦。