遠い異国の御伽噺








 この魔法はいつまで続くのだろうか。
 解けてしまったら、自分はどうなるのだろうか。








「魔法?」


 寝る前、ベッドに腰掛けて話している際、何とも神妙に畏まった態度で打ち明けられたことは、思うよりも些細なことだった。


「はい。ずっと忘れてしまっていたのですが……私にかけられた魔法が解ける日は来るのでしょうか」


 否、些細と思うのはオズワルドだからだった。グウェンドリンは魔法の真実を知らないからこのようなことを言ったのだ。
 魔法は眠りだけ、心までは左右しない。そのことは勿論ミリスも真実を知っている。ブロムも知っている。なのに何故誰も言わなかったのかといえば、あの頃のグウェンドリンにそのことを言ってしまえば混乱するばかりだろうと思っていたからだ。実際、言ってしまったら本当に混乱しただろう。何しろあの頃のグウェンドリンは、これは魔法のせいだ、と自分に言い聞かせて日々を生きていたのだから。
 そうして、魔法の真実を彼女に告げないまま、今に至る。
 此処に来てようやくグウェンドリンは、魔法が解けたら自分の思いも消えてしまうのではないか、と思ったのだ。


「……あー……そのことなんだが、な、グウェンドリン……」
「……矢張りこの思いは消え去ってしまうのでしょうか。だとしたら私、オズワルド様のことも全て忘れてしまうのでしょうか……」
「いやそれは……ないんだが」


 どうするべきか。
 これは、素直に言うべきなのか。
 それとも適当な嘘をつくべきか。


「グウェンドリン。今から俺が言うことを、落ち着いて聞くように」
「は、はいっ」
「いや、そう構えないで。楽にしてくれ」


 がちがちに肩を強張らせて背筋をぴんとさせた妻を見て、オズワルドは迷いを消した。というより、迷いよりも笑いが前に出てきてしまったのだ。
 自分を殺すように鋭い瞳で言ってきた戦場のワルキューレが彼女だと、誰が信じるだろう。あの気高く気丈な部分はしっかりと残っているけれど。


「そんな魔法は、君にはかけられていない」
「……………………え、?」
「君にかけられていた魔法は眠りのみで、心を自由にされる魔法はかけられていなかった。君の思いは消えたりしない。自分の意志で消すより他、消えることはないんだ」


 睫で彩られた瞳が瞬いた。そして頬が紅色に染まり、唇が震え、目線を泳がせ、頭を抱え、そして顔を覆って呻いた。


「そんなっ……私、そんなこと何も……! やだ、オズワルド様、いつからそれを知っていらしたの!?」
「君を目覚めさせる少し前だ。君を目覚めさせた者に心を自由にされる、とミリスに教えられて、他の方法を探していたんだ。その時にオニキス王に聞いた。だから俺は君を起こすことが出来たんだ」


 ということは、ミリスも知っていて。多分ブロムさんも知っていて。ミリスの知り合いの行商人のプーカもきっと知っている。……だとすると知らなかったのは私だけ? 私だけ、魔法のせいだと思っていた?
 恥ずかしくて泣きそうになって、熱い頭を覚まそうと立ち上がろうとしたら、予想されていたのかオズワルドに腕を掴まれた。


「だから落ち着くんだグウェンドリン、君が混乱すると思って言わないでおいたんだ。確かに言うのを忘れていたのは事実だが……」
「それに関しては宜しいのです、問題はそこではございません! わ、私、……ああ、恥ずかしいです! 今まで私一体何を……そうです、オズワルド様に失礼なことを何度も! あれは全て私の意志だったのに、酷いことばかりっ……」
「それはこっちも悪かったんだ、何も言わなかったんだから。ほら、深呼吸して」


 言われて震えながら数回呼吸し、最後に長く息を吐いた。落ち着いたのか、ゆっくりベッドに腰を下ろす。まだおどおどしていたので、オズワルドは彼女の肩を抱いたままにしておいた。


「では……私は、貴方のことを思ったままで居られるのですね」
「君が俺のことを思っていてくれるなら」
「何を仰るのです。貴方の側からは離れられません。私が貴方の星であるのならば、貴方の道を照らす標にならなければなりません。それが妻というものです」








 そうして、王子様とお姫様は幸せに暮らすのだけれど。
 普通に幸せに暮らせないのが、星のさだめ。
 けれど、幸せに違いないのも、またさだめ。





きっとこのことをグウェンドリンはずっと後になって知るんだろうなあ、とか。