*叙事詩ED後の捏造です。*








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さいせいのうた








 何もない不毛の地を豊かにしていったのは何なのか。緑が広がってきた方角だけを頼りに、彼等はその場所を探し、そして見つけた。


「……オズワルド様…………これ、は」


 ワルキューレの少女の手には槍があった。けれど、その刃は青く輝く魔石ではない。只の、何の変哲もない槍だった。
 それは緑に覆われた大地に落ちていたもので、きっと、その周辺で散っていったワルキューレが落としていった槍なのだ。空を舞う優雅で勇ましい鳥の落とした羽を、彼女は祈りを捧げながら譲って貰った。誰に、ではない。きっと対象があるとすれば、この世界だったろう。


「……大きな木だ。とても立派な……」
「……まさか、これが世界樹?」


 真っ黒の鎧で身を包んだ剣士の手が木に触れる。その剣も、矢張り赤く輝く魔石ではなかった。彼もまたその剣を緑の中から見つけた。彼は祈りを捧げなかった。どうして祈りを捧げないのかとグウェンドリンは問うたが、祈りを捧げても何も返ってはこないから、と静かに言われた。彼が言うには、祈りを捧げるのは生涯一度だけらしく、既にそれは以前、そう遠くない昔に実行してしまったのだそうだ。その願いが何だったのかは全く教えてくれない。


「世界樹?」
「……ベルベット姉様が仰っていました。叙事詩にある世界樹のことを」


 異母姉妹であるし、姉妹という感覚もないのだが、どうにもあの姉は自分のことを可愛がってくれる。今はタイタニアの王子と共に、三度目のコイン集めの旅に出ているが、旅立つ前に「姉と呼んで欲しい」ととんでもないことを言われてしまってこんなことになった。まさかこんな展開になるとは思っていなかった。色々無礼なこともしてしまったし自分にはそう呼ぶ資格はない、と断ったら、ベルベットは至極残念そうに目を伏せたものだから、折れるしかなかったのだ。まあ、承諾したらしたで、嬉しいわ、と笑顔で思い切り抱擁されたが。


「世界樹は妖精の女王ではないか、と」
「……妖精の女王……メルセデス女王のことか」


 真の名。……妖精の真の名など誰も知らない。メルヴィンの真の名だって知らないのに、メルセデスの真の名など知る筈もない。オズワルドは何となく目線を下にやる。そこで輝く何かを発見した。


「…………? 何だ……?」
「え?」
「グウェンドリン。この下に何かある」


 木の根の方で何かが光を放っていた。グウェンドリンも彼の横からそこを覗き込む。角度を変えつつ探っていると、やがてそれが赤い宝石だと解った。否、少し違う。


「これは……まさか、妖精の女王の弓の……」
「ああ。あのサイファーだ。妖精はフォゾンがなければ生きていけない。この大樹も元は妖精だったと考えると、あの時溢れたフォゾンを大樹が受け入れ、世界を再生させたのかも知れない……草木はフォゾンを吸って生長するのだから、当然の流れだ」


 例えば、あの時溢れ出たフォゾンを大樹が吸い込み、活性化し、その結果周囲に緑が生まれ、度重なる連鎖で瞬く間に緑が再生されたのだとしたら。
 だとしたら、あの妖精は大樹に姿を変え、この世界を癒したのだ。


「もしかしたら」
「?」
「……俺達以外にも、誰か生きているのかも知れない」


 御伽噺のような話ではあるが、この時彼は本当にそう思った。死の影を纏うことが出来なくなり、引き替えに死の国に魅入られることもなくなった身体で何が出来るのかは解らないが、それでも自分はこうして生きている。妖精の女王も、形を変えて此処に根付いている。だとすれば、何処かに誰かが生きていてもおかしい話ではないのだ。
 気休めにしたって出来過ぎた話だと、オズワルド自身も思っていた。
 それでも、考えを真っ向から否定することが出来なかった。
 きっとそれは可能性を浮かべたからではなく――無理にでも可能性を作りたかったからなのだろう。


「きっと、見付けましょう」


 その場に膝をついたグウェンドリンは、そう呟いて瞳を閉じた。


「太陽が、風が、水が、食物があるこの世界です。もしも誰かが生きているなら……きっと、何処かで会える筈です。コルネリウス様は、以前動物の足跡を見たと仰っていましたから、今にこの世界は賑やかになるでしょう」


 あの戦いからもうどれくらい経ったのか。やっと見え始めた再生の兆し。幻とは、思いたくなかった。


「……この不毛の大地に息吹を与えてくださった女王陛下。どうぞこれからも、私達をお護りください」


 木の根を指先で撫で、グウェンドリンは静かに祈りを捧げた。その薬指にはティトレルの指環。整った横顔が美しく、またその声色もよく通るものだったから、オズワルドは無意識に彼女の真似をするようにして木の根に手を触れた。そして瞳を閉じる。気配を察知してグウェンドリンが顔を上げ、こちらを不思議そうに眺めていた。それもまた気配で知りながらも、オズワルドは直ぐには顔を上げなかった。五秒ほど経って瞳を開ける。


「祈りは捧げないのではなかったのですか?」
「……君が捧げるのだから、きっと素敵なことなのだろうと思ったんだ」
「どのような祈りを?」


 問いに、黒い剣士は笑った。


 その祈りの内容は、生涯本人しか知らないことだ。





結果的にメルセデスの存在が世界を救った、とかだと素敵だなー、という捏造です。
イングヴェイも登場する筈だったのに、気付いたらなくなってました。