ブラインドバード








 鳥は目を覚まさない。
 静かにベッドの上で息をする鳥は、息をしていなければ人形のようだった。銀色の髪は糸のようにさらさらと白いシーツの上を流れ、閉じた瞳を飾る睫は長く濃い。
 眠る少女を起こした方が良いのは決まっている。けれど、起こす前にもう少しだけ見ていたい、と思いながら、既に十分は経過しただろう。
 実際、自分は彼女を起こす方法を知らない。だからこうやって見ていても起きることはないだろう。ずっと見ているのは彼女に失礼な気はするが、それだけで思いは止められるものではない。


 正直なことを言えば、どうして自分が此処まで気持ちを傾けるのか、自分で解らなかった。


 物のように扱われた姫君への同情ではない。
 着飾った姿について一言も言わなかった王への憎しみでもない。
 行動の果てにある『現在』を手に入れた理由が、自分でも不明だった。
 確かにこれは自分の意思だ。けれど、そうなる理由は何だったか。


 例えば、の話。
 彼女の眠りが口付けで解ける、と仮定する。
 その場合彼女はオーダインの娘であって王女であって姫であって、そうだ、戦場でも『姫様』と呼ばれていたのを耳にしたことがあった。とすると、だ。よくある話に乗っ取って考えれば、明らかに起こす人物は王子でなければならない。
 成る程これは大事である。彼女を起こすのは王子なのだ。しかし自分はといえば、(竜の話によると)とある一軒家から持ってこられた身。
 天と地の差である。
 しかし人間であることに代わりはないので、王子であろうとゴブリンやら何やらに口付けされるよりかはましだし、彼女も良いと思うのではないか?


(……まずい。何か変な方向に思考が傾いてきた……)


 色々考えすぎて頭がおかしくなったらしい。抑も、王女を起こすのが王子なのは物語の話であって、実際にもそうでなければならない制度は何処にもない。もしそんな制度があったとすれば、毎朝起こすのは侍女ではなく王子でなければならない。これは大変なことだ。
 また変な方向へ考えが向かっていったが、此処で彼はあることに気付いた。


 ……そういえば、彼女には許嫁は居るのだろうか。


 考えた後で、また新しいことに気付く。


 ……どうしてそんなことを考えるんだ、俺は。


 あの時からずっと持ったままの青い羽根を手で挟んでひらひらやる。何だか彼女の一部分を手にしている気分だな、と優越感に浸ってから、どうしてそんなことを思ってしかも喜んでいるのだろうか、とまた不思議な気持ちになった。
 いや、だって、こういう気持ちは知らない訳で。どうして彼女のことを欲するのかさえ解らないのだから。
 無意識に動いた手が少女の頬をなぞる。暖かくて柔らかい、自分の知らない感触だった。


(もしかして)


 そういう、こと、だろうか。





そんな風に初恋に気付いたりしたらヘタレだよね、という話。