私の素敵な旦那様!








「おいお前。匿え。拒否権はない」


 態度のでかい男だとつくづくオニキスは思う。黒い剣士と呼ばれる男(恋敵)は、いきなり炎の国にやって来たかと思えばそう言って奥へと行ってしまった。


「ま、待て貴様! どういうつもりだ! と言うか勝手に入るな、おいそっちは私の部屋だ!」
「そうか、ではそこに隠れさせて貰うぞ。グウェンドリンが来たら『来ていない』と言ってくれ。……但し、俺が見ていないのを良いことに彼女に不埒なことをしたら、百回叩っ斬る」


 赤い瞳でぎろりとこちらを睨み、扉を閉めた。何てことを。机の上にはグウェンドリンの写真が飾られているのに。……ああ今硝子の割れる音がした。写真立て、壊された。たまらず扉を開ける。と言うか、此処は自分の部屋だから自分が入れないなんて違う筈だ。


「匿ってやっているというのに、その態度は何だね」
「戯れ言を。崇高な彼女の写真を飾るなど千年早い。いや一生飾るな」
「…………まあ良い。それで? 一体どうして匿えと? 喧嘩でもしたのか? 良い気味だな!」


 ちょっと嬉しい。しかし喜んだのは一瞬のことで、目の前にいきなり赤い剣が向けられた。


「そんなことしていない……いやしかし彼女の怒った顔も愛らしいことだろうな……それはそれで見てみたいが、喧嘩するのは嫌だな」
「妄想はいい、私の問いに答えろ」
「――大したことではない。少し一人で考えたいだけだ」
「それでどうして私の所に来るんだね貴様。当てつけか?」
「オニキス様」


 気付けば扉の向こうでバルカンが跪いていた。


「ラグナネイブルの姫がお見えです」
「姫が?」
「グウェンドリン……矢張り此処に来たか」


 黒い剣士の顔は引きつっていた。迎えが来たことが嬉しいのだろうか口の端がひくついていた。本当は喜んで笑いたいのに、心情はそうもいかないらしく必死で我慢している。


「良いか炎の王、俺は居ないと言うんだ。良いなタマネギ頭!」


 ハバニール山ほど投げつけてやろうかな、と思ったが、部屋が炎上するのは嫌なのでやめておいた。




「お久し振りです、王陛下。ご機嫌麗しく」
「ようこそ、ラグナネイブルの姫。こんな所にどうなされた?」
「伺いたいことがございまして。……王陛下、夫がこちらにいらっしゃいませんでしたか」
「…………、……いや。何かあったのかね」


 跪いた体勢から立ち上がると、グウェンドリンは少しため息をついた。


「……実は……オズワルド様と手合いをしていたのですが、いきなり『一人になりたい』と仰って何処かへと行ってしまわれたのです。もしや王陛下のもとに、と思ったのですが……」
「手合い? ……まさか姫、彼を打ち負かしたのかね」
「はい。三戦し、全勝致しました。しかしオズワルド様は先日腕に怪我をされまして、それもあって私が勝ったのです。オズワルド様もそれを承知の筈なのに」


 いや、それでも三連勝されたらへこむ。成る程、それで『一人になりたい』だったのか。


「王陛下。私はわざとでも負けるべきだったのでしょうか。しかしオズワルド様は私が手を抜けば直ぐに見抜いてしまいます。ならば怪我をされていても全力で、と判断致しましたが……結果的に悪い判断でしたね」
「いや…………悪い判断ではないと私は思うがね。個人的に」


 うっわー、これはへこむ。マジでへこむ。
 何だかオズワルドが少し可哀想に思えてきて、オニキスは言った。


「……許して頂きたいグウェンドリン。貴方の夫は私の部屋におられる」
「え……オズワルド様、矢張り王陛下のもとにいらっしゃったのですね!」
「彼は自分が惨めすぎて貴方にあわせる顔がないらしく、貴方が此処に来られても自分は居ないと伝えるように、と」
「オズワルド様……あわせるお顔がないだなんて、そんな……わ、私が至らないばかりに……!」
「いや貴方のせいではないと思うがね……個人的に」


 個人的に、が多いのは、誰もがそれに賛同することはないからだ。


「……言うなと言っただろう、半裸王……」
「ポエマーに半裸王などと呼ばれる筋合いは全くない」


 物陰に潜んで話を聞いていたらしいオズワルドが、柱の影から低く言ってきた。


「オズワルド様!」
「グ……ウェンドリン」
「捜しましたよ、さあ、帰りましょう」


 側に駆け寄って手を差し伸べる妻に、夫は手を重ねかけ、戻した。


「……俺は……君より弱い。君を護ると決めたのにこの様だ。情けない」
「何を仰いますか。オズワルド様はお強いです。私よりも」
「三連敗した男に情けをかけないでくれ」
「では腕相撲を致しましょう。今すぐに」


 少し的外れな答えに、オズワルドは顔を上げる。


「私はきっと負けるでしょう。力で貴方に勝てる訳がないのです。ラムの網焼きも、私はオズワルド様ほど美味しく作ることが出来ません」


 …………ラムの網焼き?


「おいそこのポエマー犬」
「誰が犬か露出狂」
「…………まさかお前の腕の怪我は、料理が原因か?」
「ラム肉を焼いていたら火傷した。それだけだ」


 つまり自分はラムの網焼きに踊らされていたのだ、と、そう気付いたオニキスは少し自分が惨めになり、そしてオズワルドが惨めになったのも何となく理解出来た。
 声に出して笑ったらグウェンドリンまでくすくすと笑い出し、側に控えていたバルカン達も顔を見合わせ微笑み、オズワルドだけが不機嫌そうにそっぽを向いて鼻を鳴らした。




 こうして夫婦は仲直りと言えるような仲直りをしないまま、けれどすっかり仲良くなって帰って行った。オムレツでも作れば良い、と、土産にタマゴを渡したら、オズワルド様はオムレツがお好きなんですよ、とグウェンドリンは至極嬉しそうに胸に抱いた。
 部屋の壊された写真立ては、硝子が飛ばないよう布に包まれて机の上に置かれていたが、中に入っていたグウェンドリンの写真は当然抜き取られていた。


「ところで、どうして俺が炎の国に居ると解ったんだ」
「何となくです。オズワルド様、王陛下と仲が宜しいようでしたので」
「……仲、良いか?」





オズグウェ←オニ、みたいな。ていうか、旦那と半裸王の話が書きたかった。