きみの夜明け








 夜の遊歩道は思ったよりも暗かった。こんなことならランプを持ってくるんだった、とグウェンドリンは少し後悔した。目は良いし、戦っていた頃の感覚も薄れていないから、何処に何があるのかは解る。ちょっと散歩しよう、と思っただけなのに、これでは何も面白くない。昼の太陽と夜の月のように、夜の遊歩道はまた違った美しさがあると思っていたのに。


「……っきゃ、」


 がく、と身体が傾いた。石造りの遊歩道の隙間に足を取られた。何とか体勢を立て直すも、今度は力を入れた方の足がぐきりと行って、勢いを増して更に身体が傾く。


「っ!」


 衝撃は思ったよりも柔らかかった。


「……怪我はないか、グウェンドリン」


 夜の闇に溶け込むように静かで低い落ち着いた声。夫の片腕一本で身体を支えられていた。


「オズワルド様? どうして此処にいらっしゃるのです? もうお眠りになったと思っていたのですが」
「多分……グウェンドリンが起きてから少しして目が覚めた。君が何処にも居ないから、また何か無茶でもしているのかと思って。来てみて良かった」
「……申し訳ありません。少し――散歩をしておりました」
「ランプも持たず?」


 その笑った顔がからかいの色を帯びていたので、グウェンドリンは瞳を少し細めて支えられた状態から立ち上がった。


「無茶なことを、と仰りたいのですね。ですが、オズワルド様も今まで相当無茶なことをしてこられたでしょう。そのようなことを申し付けられる筋合いはないと思います」
「それは……いや……そうだが」
「それに、私のことを無茶と仰るなら、同じ事をしていらっしゃいますオズワルド様も等しく無茶な筈です」


 完全に言葉に詰まったらしい。暗がりの中で難しそうな顔をし、時々困ったように眉を寄せたり視線を彷徨わせたり。可愛い、と思ったりして、くすりと笑った。


「冗談です。助けて下さってありがとうございました」


 呆れたようにため息をつかれたが、そのため息は完全に呆れてはいないのだと最近解ってきた。以前はそのため息を見る度に後悔ばかりだったが、前にミリスが『オズワルド様は嬉しそうにため息をつかれます』と言っていたのを聴いてからはそうでもなくなった。
 この人は私を愛してくれる、心配してくれる。
 それが自惚れではないと、証明してくれるのだ。


「何処まで散歩するつもりだったんだい? 夜風に長くあたると身体に毒だ」
「……はい。そろそろ戻りましょう」


 遊歩道に光はない。それでも心細くはない。


「グウェンドリン。手を」
「…………手、ですか?」
「また転ばれたら嫌だからな。……それに、暗がりを手を繋いで歩くことはしたことがない」
「したことがないことをしたいだなんて」


 まるで好奇心旺盛な子供みたい、と思ったが、最後までは言わなかった。唇に手を当てて笑ってから、グウェンドリンは夫の手に手を絡めた。消えることのない傷痕だらけの身体。その傷の一つ一つまで愛しかった。





お姫様だっことかすれば良いのにオズワルド様。