かのじょのせかい








 お買い物に行って参ります、と言った妻は、小さなポーチを持って簡素なドレス姿で出かけていった。古城の近くにある街へ出かけるのだろう。
 気を付けて、と見送ったは良いが、良かったのはそこまでだ。


「グウェンドリン様のことを心配なさっているのですね?」


 優しい目をしたプーカが、ふんわり微笑みながらも何か今の状況を楽しむような音色の声で言ってきたので、オズワルドは眉を寄せつつ瞳を細めた。


「……ミリス。君は俺の事を苦しめたいのか?」
「とんでもございません」
「では、今の状況がこの先どうなるか、と面白がっている?」
「疑いすぎですわ、オズワルド様。只私は、グウェンドリン様が一人で街へお出掛けになったことが少しばかり心配なだけです」


 明らかに今の状況を楽しんでいるのだ、ミリスは。


「それに、グウェンドリン様のことを心配なさっているのは、私だけではありません。いいえ、私以上に心配なさっている方がいらっしゃいますので」


 ミリスの耳が矢張り楽しげに揺れた。男は大袈裟にため息をついてからベッドの勢いよく腰を下ろした。


「……俺は彼女を縛りたくはない。彼女の時間だってあるし、俺の時間もある。それは承知している。だが実際はどうだ? 俺は今すぐにでもグウェンドリンを追い掛けたいと思っている」
「ええ、そうでしょう」
「どうにかしている。彼女の言った『離さないで』は、こんなことを意味することではないことくらい、誰にでも解る事だろうに」


 けれど、自分はそれを理解出来ずにいた。解ってはいるのだ。解ってはいるのに、心が巧く働かない。今すぐにグウェンドリンを追い掛けて、一人では危険だと言って隣を歩きたい。


「俺はどうするべきだと思う、ミリス」
「あら、オズワルド様のお心の内を、私が全て察する事が出来るとお思いですか?」
「…………そろそろ俺をからかうのもやめてくれ。本当に悩んでいるんだ」
「どうして悩む必要がございましょう?」


 プーカはそっと瞳を閉じて、子守唄を唄うように続けた。


「グウェンドリン様のお側に行かれるのが宜しいでしょう。そしてグウェンドリン様本人にお尋ねするのです」
「本気か」
「本気ですわ」


 グウェンドリン様はああ見えて鈍感でいらっしゃいます。


 結局五分後、身支度を調えてオズワルドは街へと向かった。


「世話の焼ける旦那様ですわ」


 ミリスはくすくすと笑いながら、二人が帰ってきた時の為に紅茶を用意する。


「俺が側に居ては迷惑か」
「……いきなり何を仰るのです。そのようなことがありましょうか」
「いや、そうではなく。そうではなく、……君にも一人になりたい時があるだろう。買い物だってそうだ」
「そう……ですね。ですが、私はオズワルド様と共に居られる時の方が、何倍も嬉しく思っております」
「本気か」
「本気です。あの、……入り用なものを買う時以外ですが」





ミリスは夫婦の仲が進むようにアドバイスしてそう、という妄想。