夢は羊の生む唄か








 安らかな寝息を、彼女は床に座り込んで聴いていた。
 馬鹿な人だ、と、グウェンドリンは薄く目を開ける。銀色の髪が視界の横を煌めきながら零れていって、白いシーツに銀色の糸を落とす。


(馬鹿な人だ)


 もう一度、念を押すように思った。
 何を好き好んであんなところに行ったのか。……私の為だ、とは最初から知っているが、自惚れたくはなかったから何か他の理由を考える事にしたのが、今回の思考ループの始まりだった。
 彼はワーグナーを倒し自分を手に入れた。
 ……どうしてそんなことを。
 胸が痛んだ。


(違う)


 この気持ちは、お父様の魔法によるもの。
 この気持ちは、私の本当の思いじゃない。
 それにこの男は敵国の尖兵。


(どうして私は……あんなことを、言ってしまったんだろう)


 夫、と。
 彼を、称した。


「オズワルド、様」


 自然口が動いた。その言葉が、その音色が、やけに綺麗に聴こえた。
 指先で男の頬に触れると、柔らかな人間の感触が伝わってくる。
 失うのは、怖い。
 これは魔法のせい?


「グウェンドリン」


 顔を俯かせていたから、彼が目を開けた事に気付かなかった。頬に触れたままの指先が自分の名の形に動いたことで、初めて気付いた。手を離す。


「……ご気分は、いかがですか?」
「長い事寝ていたように思える。悪くはない」


 天井を見上げる赤い瞳。燃えるような瞳がこちらに向けられた。


「君はずっと此処に居たのか?」
「いいえ。オズワルド様がお目覚めになる、少し前からです」


 これは嘘だ。もう三十分ほどは此処に居て、何をするでもなくベッドに寄り添っていた。けれど肯定すれば自分の気持ちまで肯定する事になるので、否定した。


 オズワルドが再び眠ったのは、それから何分も経たぬうちだった。
 その寝顔を見ながら、グウェンドリンはオズワルドの言葉を思い出した。
 喜ぶ顔が見たい。
 ……彼の喜ぶ顔が見たい。
 気持ちを否定したかったのに、これだけは否定出来なかった。


「……オズワルド様」


 貴方が良くなって、私の名前を呼んでくれる日は何時だろう。





グウェンドリン6章直前捏造。
自分の気持ちと葛藤するのが書きたかったです。